第29回 人事の仕事は命がけ 迷いと未知を愛する、人と組織の改革者 矢沼恵一氏 オリオンビール 常務執行役員 人事総務本部長
沖縄のビール大手メーカーであるオリオンビール。
『オリオン ザ・ドラフト』をはじめ、全国的に人気のブランドを持つ同社はいま、組織改革の過渡期にいた。
HRリーダーとして改革を推進する人事総務本部長、矢沼恵一氏が語る、人事の仕事の真髄とは。
[取材・文]=平林謙治 [写真]=前新直人
若手にもっとガツガツしてほしい
オリオンビールの地元・沖縄県の方言に、「いちゃりばちょーでー」という言葉がある。漢字で書くと、「行逢りば兄弟」。「出会えば人はみな兄弟」といった意味の言い回しだが、その“古き良き言葉”の背景―― 仲間意識をことさら重んじる風潮に、2019年に県外から来た人事のプロ、同社人事総務本部長の矢沼恵一氏はむしろ危機感を覚えた。
「こちらでは和を大切にする半面、人より目立つことや高く評価されることに対して、驚くほどナイーブな人が多いんですよ。地域社会だけではなく、オリオンビールの人と組織も例外ではありません」
来る前に聞いてはいたが、当時の同社は年功序列の文化によって、人事・人材育成のあらゆる仕組みが硬直化していた。「頑張って会社に貢献した人には、相応の処遇があって然るべきという常識さえ、浸透させるのは簡単ではなかった」と振り返る。
「古い体質のままでも、数字はある程度維持できていたんですよ。オリオンといえば、沖縄県では代表的な企業。ブランドも確立され、根強いファンが全国にいます。そうなると、変わろうという声はまず出ません。社員も“悪目立ち”を恐れていますから。厳しい表現ですが、これではマズいと思いました」
着任するや否や、いの一番に人事制度の抜本的改革を始めた。同社は昨年で創業65周年。「いちゃりばちょーでー」の精神は守りつつも、「社員に、特に若手にもっとガツガツしてほしい」一心で、老舗企業の骨格に迷わず手を入れたのである。