OPINION2 日本的経営に学び直す 経営戦略にコミットする自律的管理職の育て方 上林憲雄氏 神戸大学大学院 経営学研究科・経営学部 教授
かつて管理職は組織の要であり、企業の意思決定において重要な役割を果たしていた。
だが時代の変遷とともに、管理職の役割は変化。
煩雑な業務ばかりが増え、多くの人が働きがいを見失っている。
生き生きと働く管理職を育てるために必要なのは、欧米型マネジメントの模倣によって失われつつある働きがいを取り戻すことではないか――。神戸大学大学院教授、上林憲雄氏に聞いた。
[取材・文]=西川敦子 [写真]=上林憲雄氏提供
ミドルを疲弊させるワークライフバランスの誤解
管理職の役割は複雑化する一方だ。人手不足が進む昨今はプレーヤーとしての役割もこなしながら、部下を育成し、キャリア開発につなげていかなければならない。評価も、従来の能力評価に業績評価や行動評価、バリュー評価を加味するなど、難易度が増している。コンプライアンスの重視により、書類作成作業も膨大化した。さらにシニア、女性、非正規の社員などメンバーの属性や働き方の多様性も高まっており、個別の対応が求められるようになっている。
「バブル世代、氷河期世代、ミレニアル世代における価値観のギャップも広がっています。いまや管理職はトップと現場だけでなく、世代と世代をつなぐ役割も担っているといえるでしょう。シニアと若手の板挟みになり、悩む人も少なくないようです。本学大学院MBA生に企業の管理職もいるのですが、皆本当に忙しそうです。これでは疲弊してしまうなと、傍で見ていて実感します」と神戸大学の上林憲雄教授は話す。
疲弊している管理職を見ているからこそ、若い人たちは自ら同じ役目を担おうとは思わないのだろう。裏を返せば、今の管理職は若手に夢を与えるような働き方ができていない、ということになる。
だが、若手が管理職にネガティブなイメージを抱く最大の要因は、ワークライフバランスの名のもとに醸成された“私生活を偏重する空気”ではないか、と上林氏。「管理職になり会社を支える立場になれば、プライベートを楽しめなくなる」という不安が若手のモチベーションに影響している可能性があるという。
「もちろん、過重労働によるメンタルヘルスの悪化や自殺問題を考えれば、ワークライフバランスは非常に重要な概念。しかし、『ワーク=苦痛・骨折り』『ライフ=余暇・遊び』という二項対立的なイメージが広がってしまっているのは、明らかに問題です」(上林氏、以下同)
天秤や振り子のように、片方が重くなるともう片方が上がるといったトレードオフの関係ではなく、ワークもライフも存分にエンジョイし、双方の間に相乗効果が生まれる状態が望ましい、と同氏は強調する。
「現在のワークライフバランスは、労働時間を減らし、有休取得日数を増やすといった量的な面だけが注目されがちです。しかし、生きがいや働きがいなど質的な面も向上していかなければ、若手はどんどん仕事に魅力を感じなくなってしまうのでは。ワークライフバランスの誤解を正し、仕事の充実がプライベートの充実につながるということも伝わらなければ、若い人たちに管理職になろうという気が起こるはずもありません」
管理職が組織を動かしていたミドルアップダウンの時代
日本独自のマネジメント慣行が消失したこともまた、管理職の魅力が半減した要因といえるかもしれない。
「1990年代以降、欧米の考え方が入ってきたため、日本企業も上意下達になりましたが、もともと日本は現場が強い文化でした。当時は管理職がトップに提言し、トップがこれを受けて各部門に指示命令を下す『ミドルアップダウン』(図1)はごく普通に行われていました。現場の状況をつぶさに知らないトップにとって、現場をまとめる管理職の提案や報告は非常に有益だったのです」