自分と向き合う│心理的資本 人的資本経営推進のための“強化可能”なエンジン 村上隆晃氏 第一生命経済研究所 総合調査部 マクロ環境調査グループ 主席研究員
人的資本経営を推進するエンジンの1つとして注目が集まる「心理的資本」。「人材版伊藤レポート2.0」によると従業員エンゲージメントは人的資本経営の要の1つであり、「令和元年版 労働経済白書」では、心理的資本はワーク・エンゲージメントの向上を後押しする効果があるとしている。心理的資本はどのように活用され、どんな効果が期待できるのか。研究員の村上隆晃氏に聞いた。
[取材・文]=菊池壯太 [写真]=第一生命経済研究所提供
心理的資本が注目される背景
近年、ワーク・エンゲージメント(仕事へのやりがい、働きがい)やウェルビーイング(心身ともに健康で幸福な状態にあること)といった言葉をよく耳にするようになってきている。これらの言葉は、「ポジティブ心理学」の隆盛によりさらに注目を集めるようになっている。
ポジティブ心理学とは、1990年代の終わりごろから本格的な研究が始まった比較的新しい学問だが、今日ではその研究領域は多岐にわたり、成果は医療、教育、職場など様々な場面で活用されている。
「心理的資本」もポジティブ心理学の研究テーマの1つである。米国ネブラスカ大学名誉教授で、経営学の研究者としても知られるフレッド・ルーサンスを中心に2002年ごろに提唱されたもので、働く人の仕事に対する自信や困難を乗り越える力を表す一定の指標として理解されている。
日本でも厚生労働省の「令和元年版 労働経済白書」において、ワーク・エンゲージメントを促進する要因として、就業条件、対人関係、仕事の進め方などの仕事に関する環境整備と並んで、個人の持つ心理的資本の強化が重要であると指摘されている。
また、心理的資本は、企業が持つ資金や設備、人材といった経済的資本や、社内外の人的ネットワークである社会関係資本と同様に、企業が他社との差別化を図り、競争優位を確保するための新たな「資本」として捉えられているところも特徴だ。
こうした近年の心理的資本への注目の高まりについて、第一生命経済研究所総合調査部マクロ環境調査グループ主席研究員の村上隆晃氏は次のように話す。
「『人材版伊藤レポート2.0』では、人的資本経営における3P5F(3つの視点、5つの共通要素)モデルにおいて、従業員エンゲージメントを人材戦略の重要な要素の1つとして取り上げています。一方、『令和元年版 労働経済白書』では、心理的資本はワーク・エンゲージメントの向上を後押しする効果が期待できるものとして位置づけています。両者を合わせて考えると、心理的資本を人的資本経営に組み込むことで、エンゲージメントの向上を通じて企業の人材戦略を支援できると考えています」
たとえば、経営戦略と人材戦略の連動についていえば、心理的資本をKPIの1つとして設定し、社内外にその背景や理由を発信・説明していく。あるいはAs Is – To Beギャップ(現状と理想とのギャップ)の定量把握として、心理的資本やエンゲージメントのスコアを活用するといったようなことを行う。伊藤レポートの実践事例集にも、心理的資本やエンゲージメントのスコアを測定している企業の事例が挙げられているが、まさに心理的資本を人的資本経営に取り込んでいる実践的な事例だといえる。
従業員一人ひとりの心理的資本を高めていくことによって組織や従業員の行動がポジティブに変化し、業績向上につながる。つまり、企業全体の成長への貢献度を示す指標になると考えられているのだ。
心理的資本の構成要素
心理的資本は、「ホープ(Hope:希望)」「エフィカシー(Efficacy:自己効力感)」「レジリエンス(Resilience:回復力)」「オプティミズム(Optimism:楽観性)」という4つの要素から構成されるが(図1)、その頭文字をとって「the HERO within(自分のなかにいる英雄)」と表現されることもある。この4つの構成要素について、1つずつ見ていこう。
①ホープ
希望とは、目標に向かうエネルギーと目標を達成するための計画を持ち、「成功できる」という感覚に基づいた積極的な動機づけ状態を指す。個人が現実的でやりがいのある目標と期待を設定し、自己裁量権や目標達成に向かうエネルギー、自分ごと化の認識を通じて、それらの目標に手を伸ばすことができると感じる心理状態である。初期の計画が達成困難と判明すれば、計画を修正してでもやり遂げる、というものの考え方も含まれる。