特集│HR KEYWORD 2022 つながる ナラティブ 企業の求心力を高める物語的共創アプローチ 本田哲也氏 本田事務所 代表取締役/PRストラテジスト
ビジネス構造の多様化に伴い、顧客やステークホルダーとの関係性も複雑化するいま、企業が求心力を高め、社会に価値をもたらすためには、一貫した存在意義―パーパスが求められる。
そこで注目を集めているのがナラティブだ。
このアプローチ手法は、企業が顧客や従業員を物語の“主人公”として捉え、あらゆる事業活動を共創的に紡いでいくことが要諦であるという。
企業PRの専門家であり、『ナラティブカンパニー』を上梓した本田哲也氏にその詳細を聞いた。
ナラティブとストーリーの違い
PR戦略の専門家である本田哲也氏のもとには、いま、大手・中小を問わず企業の経営層からある相談が相次いでいる。企業PRといえば、顧客や投資家など社外に対するアプローチが主戦場だが、彼らの一番の悩みはそこではない。
「自社組織の求心力を高めたい」――異口同音にそう訴え、指南を仰ぐ。本田氏が近著で紹介した新しい情報発信の概念にそのヒントを見いだしているからだ。それが「ナラティブ」である。組織の求心力とどう関係するかについては後述するとして、ナラティブの定義とは。
辞書では「物語」「叙述」「口承文学」などの日本語訳が出てくるが、本田氏は、ビジネス視点から、「ナラティブとは物語的な共創構造」だと定義する。
「何らかの物語性をはらんだ構造のなかで企業活動が行われ、ユーザーや消費者、取引先、株主、社員など、あらゆるステークホルダーがそこに巻き込まれていく。物語の“聴衆”としてではなく、その“当事者”として、です」(本田氏、以下同)
では、同じく「物語」と訳されるストーリーとは何が違うのか。ビジネス領域でも、すでにブランドストーリーやストーリーテリングなどの用語は浸透している。本田氏は「ナラティブはストーリーの上位概念」としたうえで、両者の違いを次の3点に整理する(図1)。
1つめは“演者”の違いだ。これまで企業が発信する「ストーリー」は、『プロジェクトX』のように企業やブランドが物語の主人公で、生活者などのステークホルダーは聴衆と、はっきり分かれていた。「ナラティブ」では、企業もステークホルダーもそれぞれが登場人物として物語に参加するのが特徴とされる。
2つめの違いは“時間”である。「ストーリー」は起承転結型で、始まりと結末があるが、「ナラティブ」は未来までも包含する現在進行形の構造。物語に終わりがない。
もう1つ違うのが物語の“舞台”だ。企業視点の「ストーリー」は自社が属す業界や競合環境のなかに限られるが、「ナラティブ」は社会全体が舞台。業界や市場を超えた、普遍的で社会的な考えや価値が語られるという。
「語り、語られるという構造に注意してください。一方的に聞かされる話ではなく、あくまでも“共創”――マーケティングの例でいうと、企業と生活者が共に物語を紡いでいく。その関係性が最大のポイントです」と、本田氏は強調する。
“共創”が求められる時代背景
興味深い「ナラティブ」の実践として、本田氏はSNSを起点とした味の素冷凍食品の事例を挙げる。