OPINION2 精緻な制度以上に重要な上司・部下の意識 目標管理を成長につなげる鍵は「暗黙の評価観」 小林祐児氏 パーソル総合研究所 上席主任研究員
パーソル総合研究所は昨年、全国の企業800社と8,000人の正規雇用従業員を対象に「人事評価と目標管理に関する実態調査」を実施した。
調査結果から明らかになった課題は何か。
そして、目標管理を従業員の成長につなげるにはどうすればよいのか。
調査を担当したパーソル総合研究所 上席主任研究員の小林祐児氏に聞いた。
従業員の成長と処遇 双方の機能に課題
パーソル総合研究所が2021年に実施した人事評価・目標管理に関する調査からは、目標管理に関する様々な課題が明らかになった。まず、目標管理制度を実施している企業の全体的な課題としては、「従業員の仕事へのモチベーションを引き出せていない」「従業員の成長・能力開発につながっていない」「成果を出した人材を報いる処遇が実現できていない」「目標設定のプロセス全体が形骸化している」がいずれも半数を超えた。
次に、目標管理のフェーズごとの課題を見ると、期初では「目標が立てにくい部門・職種・職掌がある」が約6割。次いで「個人目標の記載の仕方が人によってバラついている」「行動や態度の目標を定量化・明確化することができない」「創造的な目標が設定されず、日常業務の改善に留まっている」といった目標設定の難しさが課題に挙がった。期中では「それぞれの目標の達成に偏り、組織間・部門間の協力が少ない」、期末では「評価結果に差がつかず、中心に偏る(中心化)」がそれぞれ最多となっている。
一方、従業員の目標管理制度への不満としては「目標を定量化するのが難しい」「個々人や部署により目標の難易度が違う」が約6割に上った。また、自社の人事評価制度に不満を感じている人の割合は約38%だった。
こうした課題の背景には、日本の企業における目標管理制度の特徴があると、調査を担当した上席主任研究員の小林祐児氏は指摘する。
「多くの日本企業にとって、目標管理制度は従業員の成長を支援するためのマネジメント手法であるとともに、従業員の処遇を決める役割も担っています。この2つの機能を同時に果たそうとするために、公平性が求められる、非常に負荷の高い制度になっているのです。目標管理制度は人事ポリシーと従業員との結節点、タッチポイントになっているだけに重要な制度であり、それだけ課題も多いと言えます」(小林氏、以下同)
公平性を追求するほど公平性への不満が高まる
従業員が評価に不満を感じる大きな要素の1つが公平性の欠如だ。
「公平性が重視されるのは、評価が処遇に紐づいているためです。評価の公平性を高めるために、人事は定量性を高めて成果を明確にしようとします。しかし、目標設定の在り方を成果偏重にすると、むしろ公平性への不満は強まります。人は、きちんと測定しようとすればするほど、きちんと測定されていないことにいら立ち、不満を抱くようになるのです。成果を重視すればするほど、公平性への欲求が強まるので注意が必要です」
そのため小林氏は、「目標管理は処遇のために成果の公平性を重視するよりも、むしろ従業員の成長にフォーカスし、適切に運用されているかどうかに着目すべき」と指摘する。しかし、目標管理の運用実態に関する次の3つの調査結果を見ると、運用面で課題があることがうかがえる。
1つめは「評価プロセスの遂行実態」である。目標設定時の面談、中間レビュー、部下との1on1などを制度化している企業において、実施できている上司がどのくらいいるかという調査結果だ。完全実施している上司は約3.5割、概ね実施できている上司が約4.5割、実施できていない上司は約2割に上る。
2つめは「評価面談の実態」。たとえば、目標設定時の面談時間の平均は約25分で、面談に1時間以上かけている上司の割合はわずか4.5%だった。これらの調査結果からは、上司による評価プロセスが適切に運用されていない実態がわかる。
3つめは「低評価者への対応の実態」である。人事評価が低い、もしくは連続して低い従業員への対応は、異動・配置転換が6.0%、降給・降職・降格が約2%、退職勧奨が1.4%、解雇は1%未満だった。
「日本の人事評価制度は、上がる機能はあっても下がる機能はほとんどありません。目標管理は評価に差をつけるための制度だったはずですが、実際にはほとんど機能していないことがわかります」
運用の不徹底、制度としての機能の不足―― これらが目標管理制度における課題の原因であることは間違いない。一方、従業員が持つ評価に対する意識も重要であると小林氏は指摘する。
目標志向性に影響を与える「暗黙の評価観」
成長と目標志向性との関わりは、目標管理におけるポイントだと小林氏。心理学の「達成目標理論」では、目標志向性には3つのタイプがあると言われている。
学び、成長することを目指す「熟達目標」、他人より相対的に良い評価を得ようとする「遂行接近目標」、悪い評価を避けようとする「遂行回避目標」の3つだ(図1)。これらのうち、熟達目標を持つことは成長にプラスの影響があり、遂行回避目標を持つことは成長にマイナスの影響があると考えられている。