特集│HR KEYWORD 2022 学ぶ アンラーニング 古い信念やルーティンを捨て「型」をアップデートする 松尾 睦氏 北海道大学大学院 経済学研究院 教授
世の中のあらゆる常識を覆したコロナ禍。
そこでいま改めて注目したいのが、既存の仕事の信念やルーティンをいったん棄却し、新しいスタイルを取り入れる「アンラーニング」である。
この学習方法について研究する北海道大学教授、松尾睦氏に聞いた。
アンラーニングで何を捨てるのか
故・米長邦雄永世棋聖は、50代で名人のタイトルを獲得、その後、日本将棋連盟会長となった。実は40代半ばでスランプに陥り、若い棋士に勝てなくなった時期があったという。悩んだ同氏が弟子に苦境を打ち明けたところ、「相手は先生の十八番を研究し、対策を打っているからでは」という答えが返ってきた。すると、米長氏は自分の得意技をすべて捨て、“弟子に弟子入り”し、新しい得意技を身につけていった――。
ビジネスの世界でも、変化が速い時代、従来の仕事の「型」、つまり既存の信念やルーティン(進め方や手続き)だけでは太刀打ちできなくなっている。そこで必要となるのが「アンラーニング」という学習方法だ。まさに米長邦雄氏のエピソードのように、持てる知識・スキルのレパートリーのうち有効でなくなったものを捨て、代わりに新しい知識・スキルを取り込むことを指す。
昨年、書籍『仕事のアンラーニング』(同文舘出版)を上梓した北海道大学大学院経済学研究院の松尾睦教授は次のように説明する。
「捨てるといっても、昔の記憶を忘れてしまうことではありません。意図的なプロセスによって、単に使用停止にするだけのこと。必要があればまた取り出して使うことができます」(松尾氏、以下同)
批判的内省から自己変革へ
アンラーニングは経験から学びを得る「経験学習サイクル」と深く紐づいている。理論としてデイビッド・コルブが提唱する経験学習サイクルモデルが知られるが、落とし穴もある。①具体的な経験をし、②その内容を内省し(振り返り)、③そこから何らかの教訓を引き出し、④その教訓を次の状況に応用する、という4つのプロセスのうち、③で過去の教訓にいつまでも執着していると新しい教訓が得られない。だからこそ、アンラーニングは成長において不可欠なプロセスといえる。
新しい制度やツールの導入にあたり従来の知識を棄却する、といった表層的な知識・スキルのアンラーニングは日ごろから実行している人が多いだろう。だが、仕事の信念、ルーティンといった仕事の型(図1)を棄却する中核的アンラーニングは容易ではない。自分にとっての「当たり前」「前提」は本当に正しいのか、自らに深く問いかける「批判的内省」によって初めて可能になるからだ。
「看護とはこうあるべき、という自らの徹底した看護観のもと仕事をし、部下を育成していたが、研修で得た気づきをきっかけに患者中心の看護を心掛けるようになった」、「顧客志向を重視しているつもりで御用聞き型の営業に徹してきたが、本当の顧客志向とは何かを問い直し、仕事のスタイルを提案型に変えた」など、仕事への向き合い方を根底から見直すことで自己変革した例もある。
松尾氏の場合、アメリカの作家、ディーン・クーンツの小説技法についての記事※1を雑誌で読んだことが、自分の仕事の進め方に関する気づきとなったという。「クーンツは何十回も推敲を重ねて文章を練り上げ、そのうえで編集者の赤字を素直に受け入れ、再び書き直しているというのです。
それまで私はスピード重視でしたが、質重視へと切り替えました。その方がレベルの高い仕事ができるだけでなく、時間をかけて探求することで感動も深まることがわかりました」
松尾氏の調査によれば、アンラーニングがうまくできるようになると、能力や課題解決力が高まって業務効率が上がり、精神的にも肉体的にも余裕ができるという。やりがいや主体性、挑戦心も生まれやすい。結果的に業績も上がり、顧客満足も高まっていく。職場においても信頼関係の構築などが期待できる。