OPINION1 マーケティング思考が切り拓く人事のキャリア 人事がマーケティングを学ぶべき理由 酒井穣氏 リクシス 代表取締役 副社長
人事とマーケティング。一見異なる分野だが、人の心を知り、意欲を高め、行動を喚起するという点で、この2つは共通している。
「マーケティングを活用してこそ、人事としてのキャリアも開ける」と語るのは、双方の実務家としてのプロフェッショナルであるリクシス代表取締役副社長の酒井穣氏だ。
企業に貢献し、変革を起こす人事となるための方法を酒井氏が解説する。
人事に求められる知識のなかで、人間の本質に関するものほど重要なものはないはずだ。そう考えて、心理学や脳科学を勉強している人事は多いと思う。実際、人事はよく勉強をしている。しかし、そうして学んでいることは、人事の実務に応用できているだろうか。人事の本棚に並んでいる難解な専門書は、実務に貢献できているだろうか。人事にとって、人間の本質に関する知識が重要であることは確かである。しかし少なからぬ人事は、これを実務に活かすという点について、残念ながら、失敗しているのではないか。
人事のキャリアと役割とは
この背景について考察しないまま、心理学や脳科学の本に手を伸ばしたり、ビジネススクールに通ったりしても、人事のキャリアは前に進まない。よく言われることだが、知っていることと、できることの間には大きな隔たりがある。だからといって、ジョブ型など、流行の人事制度に振り回されているばかりでもいけない。そのままでは、人事である自分自身が、低年齢化が止まらない早期退職制度のターゲットになってしまう。人事としてのキャリアを守るためにも、中途半端な学者に向かうような勉強はまったくおすすめできない(もちろん本気で学者を目指す場合はこの限りではない)。
採用し、育成し、制度を開発することには大きな付加価値がある。しかし、人事の実務としては、採用は紹介会社に任せ、育成は研修会社に任せ、制度はコンサルティング会社に任せている(アウトソースしている)のではないか。任せるだけとはいえ、こうした実務は、業務負荷が高い。かなり忙しいし、重要な仕事であることは間違いない。しかし、経営視点からすれば、こうした実務の付加価値は低く、労働集約型である。人材市場における賃金も高くない。だからといって、採用、育成、制度を内製すればよいわけではない。経営史のなかで、極端な内製主義、すなわち垂直統合型のアプローチがどうなったか、思い出してもらいたい。餅は餅屋なのである。
マーケティングで変革を目指す
これからの企業経営においては、これまで以上に、事業のコアコンピタンスに集中する戦略がとられていく。具体的には、企業の収益に直結する製品やサービスを「作って、売る」こと以外の領域は、できる限り自動化し、自動化できないところはアウトソースされていく。誰もが、なんらかの製品やサービスを「作って、売る」ことになるのだ。しかし人事は、相変わらず、紹介会社対応、研修会社対応、コンサルティング会社対応に追われている。しかし、こうした「買う」仕事ばかりではいけない。私としては、人事には、もっと大きな潜在能力があると考えている。
かつて、シェアードサービスとして、人事部を含むスタッフ部門がグループ企業として切り出され、人事がサービスを「作って、売る」ことにチャレンジした時代があった。シェアードサービスまでいかなくても、内部取引として、人事部が、研修などを社内に売るような制度の導入にトライした企業も多かった。しかし、こうしたアプローチは、社内に面倒な価格交渉を持ち込むことになり、社内のサービス取引コストを高めてしまう。結果として人事は、それ以前と似たようなサービスを提供しているにもかかわらず、内部コストだけを高めてしまうことになった。そして現在では、シェアードサービスという言葉は、実質的に死語である。
耳の痛い話ではあっても、こうした前提に同意してもらえる人事には変革の準備ができている。変革を目指すところには希望もある。そこでぜひ注目してもらいたいのが、マーケティングだ。
マーケティングもまた、人間の本質に関する勉強を続けている。ただ、マーケティングは、人事とは異なり、そうした勉強の結果をKPIとして問われ続ける環境で戦ってきた。そうした環境では、結果につながる知識が蓄積されることになる。翻って人事は「モチベーションを測定して問題を発見したら飲み会を推奨する」程度の知識しかもっていないことも多い。
考えるべきは収益へのインパクト
マーケティングの知識に精通している人材は、人事の知識に精通している人材よりも賃金がずっと高い。マーケティングでは、数千万円の高額報酬を得ている人材も珍しくない。これは、マーケティングの知識が企業の収益に与えるインパクトが、社会から信頼されている証拠である。では人事の知識はどうだろう。人事が勉強している知識は、本当に、企業の収益にインパクトを出せているだろうか。ともすれば、人事の勉強は、収益へのインパクトを考えることをあきらめ、自分の知的好奇心を満たすことを目的とするものになってしまってはいないか。