OPINION3 今が再設計の好機 自律学習を促す“教えない研修”のすすめ 鈴木克明氏 熊本大学 教授システム学研究センター 教授
「対面研修をオンライン研修にただ移行しただけではうまくいかない」この1年、コロナ禍によって混乱した教育現場に携わるすべての人が感じたことだろう。
収束すれば対面に……という見通しも、残念ながらしばらく厳しそうだ。
そんないまこそ考えたい「オンライン教育の設計」と「育てるべき人材」について、熊本大学の鈴木克明氏に話を伺った。
コロナ禍への対応でリモートワークが普及するなか、研修をオンラインで実施する企業が増えてきた。ただ、従来の教育研修プログラムをオンラインに置き換えただけでは不具合が起きる恐れがある。研修を見直すときの参考になるのが、インストラクショナルデザイン(以下、ID)だ。熊本大学教授システム学研究センター教授の鈴木克明氏にポイントを伺った。
IDにおける3つの視点
鈴木氏によると、IDとは教育分野におけるシステム的アプローチであり、現状と目標とのギャップを埋めるための最善の方法を選択・実行し、改善を重ねて徐々に目標に近づけていくことだという。
「IDでは、『効果』『効率』『魅力』という3つの視点で教育を設計します。効果とは、明確に設定したゴールを達成できているかどうか。学びは脳内の変化であり、外から観察しづらいので、評価方法も明確化したうえで設計する必要があります。
また、研修は仕事の時間を犠牲にして行われるため、効率性も重要です。同じ成果を上げるなら、より短時間で達成できるのが良い研修です。そして、研修の後に受講者が『もっと学びたい』と思える魅力がなければ、学びは継続しません。効果、効率、魅力の3つを高めるように設計することがIDの基本です」(鈴木氏、以下同)
なぜ、いまあらためて“ID”か
IDの基盤を構成する理論やモデルは汎用的で、初等中等高等教育の授業や教材作成だけでなく、企業の研修にも活用されている。理論やモデルは以前からあったが、2000年ごろから企業の研修の文脈で活用され始めた。
「2000年ごろにeラーニングが流行りましたが、従来の研修をそのままeラーニングに乗せたために失敗したケースが相次ぎました。教室の研修は状況に応じてその場で設計改善ができますが、柔軟性が高くないeラーニングは、前もって緻密に設計する必要があった。その反省からIDが注目を集め始めたのです。
実はいま、コロナ禍でも似た状況が生まれています。突然の環境変化だったので、それまでの対面研修を同じ形でオンラインに乗せようとするのは自然な発想だったかもしれません。しかし、オンライン教育を対面教育と同じようにデザインするとうまくいかないのは当然です。緊急的に対応した企業や担当者も、そのままではうまくいかないことに気づいているでしょう。そして、これまでIDを取り入れてこなかった企業は、いまが研修の設計の仕方を見直す千載一遇のチャンスです」
“教えない研修”が研修の理想形
押さえておきたいポイントがもう1つある。IDでは研修を「人材開発の最後の手段」として位置づけており、究極的には「教えない研修」を理想としている点だ。
「手厚い研修を行うと、提供者側は『何か教えなきゃいけない』、受講者側は『何か教えてもらえる』と考えて、結果的に受け身の人間を育てることにつながります。工場のラインで同じ作業を繰り返すことが仕事の中心だった時代なら、受け身でもよかったでしょう。しかし産業社会から情報社会に移行した段階で、同じ仕事を改善して効率を高めていけば済む時代ではなくなりました。
『Society5.0』『超スマート社会』『VUCA』『ゼロイチ』など呼び方は様々あるものの、いまはさらにその傾向が強くなっています。このような時代に求められるのは、受け身ではなく、自律的に学ぶことができる人材なのです」