講演録|ATD2020ヴァーチャルカンファレンスレポート デジタルコミュニケーションやオンライン研修に役立つTips Art Kohn氏/Cindy Huggett氏/Erica Dhawan氏
1943年に設立された米国タレント開発協会(ATD、旧ASTD)は、毎年国際大会を行っているが、今年は新型コロナウイルス感染拡大防止のため、急遽リアルカンファレンスを中止しヴァーチャルに変更。
2020年6月1日から5日にかけて開催し、その後3カ月間、アーカイブを公開した。
最終的に5人の基調講演を含む38のライブセッションと148のアーカイブ動画等で構成され、71カ国から4,500人が参加したという。
本稿では、ラーニングの転換に参考になる3つの講演のダイジェストを紹介する。
最も重要なのは「行動変容」
本日は、研修等で提供された学習内容の記憶の定着や、現場でその知識が使われるようにする方法、そして持続可能な変化をテクノロジーを活用して起こす方法論を提示します。
私はデューク大学で教鞭をとる神経科学者です。昨今かかわっている主な2つのプロジェクトを挙げると、1つはGoogle のトレーニングプログラム開発支援。もう1つはCenters for Disease Control and prevention(CDC:アメリカ疾病予防管理センター)とともに特にジンバブエでのHIVの感染拡大防止に取り組むものです。2つは全く異なるように見えますが、同じ科学と最新技術に基づいた方法を用いて、ジンバブエでは約1,000万人を、Google では約12億人を訓練。科学とテクノロジーの力を使って学習内容の定着を促し、人々の行動を変えているのです。
忘却のメカニズム
さて、突然ですが質問です。あなたはこうしたセミナーなどで聞いた内容を翌日までどのくらい覚えていられますか? 神経科学者や心理学者は長年にわたり記憶の定着について研究してきました。どんなに論理的でわかりやすいセミナーや研修であっても、1時間後にすでに50%、翌日には70%の内容が忘れられてしまうことがわかっています。大きな費用の損失ですから、忘却を可能な限り食い止めなくてはなりません。
そもそもなぜ急激に忘れるのか。それは、脳は記憶の混濁や介入を防ぐため、不要になった情報を積極的に抑制するメカニズムを進化させてきたからです。忘れた方が適応的なのですね。しかし逆にそのメカニズムがわかれば、忘れないようにする方法も構築することができます。
研修“後”の働きかけが鍵
ではどうやって脳は情報の要不要を判断しているのか。それは「Use it or Lose it」。思い出したり、実際に何か判断に使われるかどうかです。研修でいえば、「研修後に何をするかが、研修中に何をするかより重要」ということです。
いくら素晴らしい研修を行っても、終了後に何も働きかけなければ、受講者の脳は「これは必要な情報ではないのですね、では捨てましょう」と判断してしまいます。研修後は、「何が重要か」を脳に効果的に伝える時間ということです。数時間後と数日後に広範囲に伝えれば、脳はそれを有用な情報だと判断します。
具体的には、受講者に学習内容について定期的に考え、処理する機会、「ブースターイベント」を提供することで繰り返し忘却曲線をリセットし、その情報が保持されるようにします(図1)。
思い出してもらう方法
ブースターイベントはどんなものでもかまいません。学習内容について深く考え、注意深く情報を処理するものにしましょう。上司が受講者に「何を学んだ?」と質問するだけでもいいのですが、多忙なマネジャーに支援を得るのが難しいことも多いと思います。そこで、このプロセスを自動化できる様々なツールがあります。ある通信会社のリーダー研修で行った方法を紹介します。
その研修はセミナー映像を見てもらうものだったのですが、視聴後に「トレーニングクイズ」を受講者のスマホに送りました。受講者はリンクをクリックしてクイズを開き解答します。たとえば「コンセンサスリーダーシップの最初のステップは?」という問題。3択で、「信頼の構築」「コミュニケーションチャネルの開通」「権限の確立」というボタンが並んでいる画面が開くので、受講者が研修を思い出してボタンを押すという具合です。クイズは研修を受講するか、非常によく考えないと答えられない問題にしておきます。
また受講者にはその場で正解がわかるようにしておきます。不正解でも問題ありません。大事なことは、受講者の脳に、学習した内容が重要であることを伝え、削除されないようにすることです。
また、「優れたリーダーとはどんなリーダーですか?」などの、受講内容に関連するオープン質問を投げかけ、自分なりの答えを返信してもらい、それを公開して受講者同士コメントしたり評価をできるようにするといったことも有益です。このケースでは他の人の回答を閲覧したり評価をすることでポイント(クレジット)が貯まり、「リーダーボード」の順位が上がるといった仕掛けにしました。様々なやり取りで受講内容を思い出して深く考える機会を提供し、脳に情報が保持されるようにします。
しかも、重要なのはその機会を与えることであり、ブーストの方法やどのくらいの時間をかけるかは効果に関係ないことが学生を対象とした実験でわかりました。クイズなどで、5秒程度で、学習内容をトレースする機会を与えれば十分なのです。
ブーストに使えるツール
皆さんは社内で多くの研修を行っているでしょうが、全ての研修内容を、忘れないようにブーストしなくてはならないのでしょうか。忘れてもらいたくないようであれば、答えは「Yes」です。大変に思われるかもしれませんが、すぐにできる方法もあります。1つは既に述べた、上司やチーム同士で受講内容について質問する方法。2つめは、GoogleフォームとGoogleクラスルーム、そしてGmailを使う方法です。Gmailで受講内容を思い出させる質問をし、レコードシートに回答を貯め、全体のプロセスを追跡することができます。
他には「マインドマーカー」「ブースターラーン」「sergo」といったツールがあります。
学習者からの情報は教育効果の証明に
どうブーストをスケジュールするか。私は「2+2+2(トゥトゥトゥ)方法論」を開発しました。2日目から始めて、2週間後、2カ月後に思い出す機会を設けるというものです。
2日目は簡単に解答できるテストを送ります。2週間後には「ソーシャル投稿」を始めます。たとえば、ある企業で「顧客からのクレームを担当部署にエスカレーションするうえで最高のアプローチは?」と投げかけ、解答を書き込んでもらいました。
これらは学習内容の定着に十分な効果を発揮したのですが、それ以上の成果を得ました。全米から多くの受講者が考えを投稿し、本当によいアイデアが集まったのです。
2カ月後には、このような質問を送ることをお勧めします。「研修で教わった内容を、実際に現場で使用した例を教えてください」。すると、実際にこのような回答がありました。「数週間前、とても立腹した顧客が来店し、つい議論してしまいました。しかしセッションを思い出し議論を取り下げ担当部署にエスカレしたところ、彼女は帰る前に洗濯機を購入してくれました」