研究レポート|実証研究で見る越境学習の効果 「越境学習」の学びを深めるために知っておきたい5つのこと 石山 恒貴氏|松井 孝憲氏
先は見えず、変化は大きく、安泰なスキルや企業はもはや存在しない時代、個々人に環境変化に適応する力が求められている。
今、ホームからアウェイへ行き、異なるバックグラウンドの人たちとの協働を通じて、学びを得る「越境学習」が注目されている。
「越境学習」とは、どのような効果があり、どうしたらその学びを深めることができるのか。
当事者としての心構えと人事や上司としてサポートすべきことについて実証研究を行ってきた2人の越境学習研究者に聞いた。
越境の醍醐味は「認知」を変えること
―あらためてお聞きします。「越境学習」とは何でしょうか。
石山:
越境学習は、会社の中から外に行って学ぶことだと思われがちですが、「学び」ですので、本人の認知が変わることが重要です。ホーム(普段の仕事・学び)からアウェイ(社外などでの異なる仕事・学び)へ行き、普段の価値観が通じない場所で「居心地の悪さ」を感じる。それが契機になり「認知」が変わり、「学び」が起きます。
状況の中で学ぶという意味で、越境学習はOJT の仲間です。OJT は、日本企業の強みですが、あまりにも同じ状況下でわかり過ぎてしまい、「わかったつもり」※になるという弱点があります。
※田島充士/ 東京外国語大学准教授・教育心理学研究者の研究領域
この「わかったつもり」についてヴィゴツキー(心理学者)が電車の例を出しています。駅で待つ人は、電車が来た時に「来た」といいます。駅にいるのですから、わざわざ「電車が来た」とは言わない。主語を省略して喋るようになる。
同一の状況で日常の文脈を共有していると、異なる状況を見てもわかったつもりになってしまうのです。そうすると、変化に気づけなくなる。
松井:
自分が「わかったつもりになっている」と気づいている人はいません。だからこそ、違う状況に身を置くことに価値があるんですよね。
石山:
それはとても重要な点ですね。バフチン(哲学者・文芸批評家)は小説には2種類あると言っています。
1つは、主人公が全てを語り、読者の解釈の余地を許さないもの。これを「モノローグ」といいます。
もう1つは、ドストエフスキーの小説のように多様な登場人物がそれぞれの立場で語り、何が真実かわからないもの。多声的に語られるので「ポリフォニー」といいます。
実社会はポリフォニーに近いですよね。世界の見え方は、その人によってまったく違う。だから、わかりあえるはずがない。ですが、人間は「わからない」ことがわからなくて、「わかったつもり」になってしまう。
「わかったつもり」で物事を見ていると、主人公(=自分)の解釈だけで語られるモノローグの世界にしか生きられなくなる。何を見ても自分の解釈しかできなくなるのは危険ですよね。大切なのは、わかりあえないことを知りつつも、わかろうと努力することです。
―認知の変化はどうしたら起こるのでしょうか?
石山:
様々なパターンがあります。ホームとアウェイの落差が大きくなるように、あらかじめ舞台設定を仕掛けて、それが機能することもありますし、自然に起こることもあります(図1)。
松井:
私がいた「二枚目の名刺」(社会人とNPOをマッチングし、越境学習を提供するNPO)も、そんな舞台設定をする団体の1つでした。そこでは、越境する人に伴走することで、認知の変化を促すサポートをしていました。
越境体験が始まる前には、参加者の参加目的を聞いたり、「どういう心構えで参加してほしいか」を伝えることで、目線あわせをします。
終了後は、本人がプロジェクトをどう見ていたのか、伴走者からは本人の行動が当初の目的と照らしあわせてどう見えていたのかを伝えます。こういうフィードバックは、本人の認知を変えるために効果的でした。
また、プロジェクト中に脱落しないようにサポートするのも大切な役割です。石山さんが、「違和感」が学びになるとおっしゃるように、認知が変わる契機は、多くの場合、ショックな経験です。「自分がこうだと思っていたことがまったく違った」と気づくことなので、本人にとっては痛い。「こんなはずじゃなかった」とフェイドアウトする人もいます。そこで前向きになれるようにクッションになるのです。
ある別の団体のプログラムでは、定期的に1on1で越境する人の話を聞いて「どうしてそう思ったんですか」「それは周りの人から見たらどう見えるんですかね」など質問することで、内省を促していました。