OPINION2 デザインはイノベーションとブランド化につながる アイデンティティを強みに変える 「デザイン経営」の取り組みとは 澤井智毅氏 世界知的所有権機関(WIPO) 日本事務所 所長
特許庁は2017年7月、経済産業省とともに「産業競争力とデザインを考える研究会」を設置。
その研究成果を踏まえ、2018年5月に「『デザイン経営』宣言」を公表した。
国がこうした取り組みを進める狙いは何か。
改革を主導してきた元特許庁の澤井智毅氏に聞いた。
デザインの力で日本企業の復権を目指す
「デザイン経営」とは、デザインを企業価値向上のための重要な経営資源として活用する経営である。簡単にいうと、潜在的なユーザーニーズをユーザーの立場に立って考える思考方法・経営方法といえる。
2017年7月、特許庁で特許制度と意匠制度を統括していた私は、経済産業省とともに「産業競争力とデザインを考える研究会」を設置した。きっかけは2つある。1つは、以前からもっていたデザインに関する問題意識である。それは、「日本では、デザインが大事にされていない」ということ。この考えを友人である外国人のキュレーターに投げかけたところ、彼も、「そのとおり。日本のクリエイティビティに対する評価は、欧米ではすごく高い。だけど、日本人自身は過小評価している」と同意してくれた。このことが、研究会を立ち上げようと思ったきっかけの1つだ。
もう1つのきっかけは、我が国の競争力が明らかに低下し、東アジアの他の国々に追いつかれようとしている現状を何とかしたいという思いだ。いわゆる“コモディティ化”(同質化)により、「いいものを安く作る」というモデルが、近隣の国々にもっていかれている。この状況を打開し、しかも長く競争力を維持するための差別化の武器として、デザインが役立つのではと考えた。
競争力の低下の一因としては、我が国の意匠制度が昭和の時代で止まっていることも挙げられる。たとえば、Uber が成功したのは、使いやすいインターフェースをスマートフォンのなかで実現したからだ。しかし、日本の意匠制度は、物のデザインのみが保護の対象で、画像デザインは対象外だった。今、アメリカの家電量販店に行くと、LGやサムスンなど韓国製の魅力的な冷蔵庫が並んでいる。冷蔵庫は家族のコミュニケーションの場だというコンセプトの下、観音開きの扉一面がネットワークにつながった液晶ディスプレイになっていて、天気予報やレシピ、子どもへのメッセージなどを表示できる商品もある。日本は完全に負けている。その背景に、画像デザインを保護してこなかった日本の意匠制度があるのだ。
「発明=イノベーション」という誤解
ところで、「イノベーション」というと、新しく革新的な技術と一般に理解され、発明やデザインとは一線を画すイメージがないだろうか。
10年以上前に、米国駐在をしていた私は、大変なことに気づいた。それはイノベーションのとらえ方に関する誤解だ。アメリカ商務省の「Between Invention andInnovation」(2002年)というレポートに、「イノベーションの死の谷」とよばれる有名な絵がある(図1)。様々なところで引用されているので、見覚えのある方も多いだろう。
かつての日本では、「上流(左側)が基礎研究、下流(右側)が応用研究で、その間に死の谷がある」と説明されることが多かった。このとき、我々は、上流をイノベーションととらえていることが多いのではないだろうか。ところが、よくよく原本を見ると、イノベーションは下流にあるのである。つまり私たちが使っている「イノベーション」と、欧米で使われる「イノベーション」は異なるのだ。