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特集1│INTERVIEW3│ 対立軸のバランスコントロールが鍵 育成すべきは、自ら考える自立した選手 柔道を通じて“生きる力”を養う
2016年のリオ五輪・男子柔道で、全階級をメダル獲得に導いた井上康生監督。
1964年の東京五輪以来の快挙を成し遂げた背景には、感覚と理論、効率と非効率、結果とプロセスなど、相反する関係の絶妙なコントロールによる組織変革があった。
代表としての自覚と自立を促す
―2012年のロンドン五輪後に監督に就任し、その後、技術や戦略、トレーニング法など様々な改革に着手されました。伝統のある柔道界で、かなりのチャレンジだったのではないでしょうか。
井上康生氏(以下、敬称略)
チャレンジではありましたが、変えやすかった部分もあります。ロンドン五輪では金メダルゼロに終わり、日本の柔道はどん底にありました。失敗や挫折のなかでは、新しいことも取り入れやすい。ですから体質を変えるには、いいタイミングでした。
とはいえ、簡単にできることではありません。我々はなぜ負けたのかという敗因を探り、できることから変えていきました。そのなかでまず行ったのが「日本代表としての心持ち」という意識の改革でした。
具体的には2つあります。1つは、柔道そのものの面白さを味わいながら選ばれたことに誇りをもつこと。代表に選ばれることは本人の努力の結晶なので、ぜひ誇りをもってほしい。もう1つは、代表とは選手だけのものではないと自覚することです。柔道の歴史に始まり、活動を支援してくださる方々、また選手の家族や恩師、仲間や友達の存在があって今がある。そのうえで、自身が代表として柔道をすることにどのような意味があるのか。さらに言えばどういう人間であるべきかを自ら考え、自身で強化に努められるよう、自立を促していきました。
―自ら考え、自らをマネジメントできる「自立」した選手の育成は、監督が指揮を執るうえで、より重視された部分ではないでしょうか。
井上
もちろん以前も、鍛錬していくうえで自立は不可欠でしたが、実際は練習メニューや試合戦略など、周りが決めたことをこなしていくという形に近かったといえます。しかし、そうではなく自身をマネジメントしたり、自分がどういう人間なのかということも含めて、常に考えられる人間になってほしかった。そうでなければ厳しい練習に耐えられないからです。そのため、練習メニューや試合戦略に関しても、スタッフだけでなく、選手や選手の所属先も含めてアイデアを出しながらマッチングしていくような形に変えていきました。
もちろん、最初から活発に意見が出るわけではありません。特に若手の選手は、セルフマネジメントと言ったってよくわからない。けれども試合後の振り返りが、「うれしかったです」「悔しかったです」で終わるようでは進歩がない。ああやれ、こうやれ、と答えを教えてしまえば楽かもしれませんが、そうはせずに自分で考えさせるようにしています。
―明確な答えがある場合も、直接伝えると考えなくなってしまう、という難しさがありますね。
井上
プロフィール
井上康生(いのうえ こうせい)氏
全日本柔道男子監督/東海大学 体育学部武道学科 准教授
1978年宮崎県生まれ。東海大学体育学部武道学科卒業後、同大大学院体育学研究科修士課程修了。5歳より柔道を始め、少年時代、学生時代を通じて主要な大会を制覇。2000年シドニー五輪100kg級金メダル、1999年、2001年、2003年世界選手権100kg 級優勝など、輝かしい戦績を残す。2008年に引退後は英国留学を経て、2012年ロンドン五輪全日本特別コーチ。2012年11月より現職。2016年リオデジャネイロ五輪では「全階級メダル獲得」を達成した。
[取材・文]=田邉泰子 [写真]=中山博敬、東海大学提供