おわりに 社員の自律的キャリア形成を促すために 企業が変わるべきこととは?
企業が社員の自律的なキャリア形成を促すことはいまや避けられないと話すのは、雇用政策や人的資源管理を専門とする法政大学の石山恒貴教授。
そのために、企業は何をしていくべきなのか。
何を変えていかなければならないのか、話を聞いた。
大事だが難しい「自己理解」
本特集で紹介した識者3人の論調で共通しているのが、キャリアを考えるうえでは“個人”が大事であるということだろう。しかし、自分のやりたいことを理解するのは意外に難しい。そのことが、「自己理解」や「自分の人生をデザインする」といった言葉を用いて語られている。
自分のことくらいわかって当然と思うかもしれないが、そんなことはない。大学生に「自分のやりたいことを大事にしなさい」と言うと、「やりたいことが特にないんです」と自信喪失してしまう人がいる。また、やりたいことを「商社に入って海外で貿易の仕事をする」といったある種のパッケージのようにとらえている人もいる。そうとらえて、就職して別の仕事に回されると「これは自分のやりたいことじゃない」とモチベーションを失ったり、すぐ転職したりしてしまう。
しかし、やりたいことは、もっと内的で柔軟に考えてみてもいい。自分の価値観に沿ったことを社会においてどう実践していくかということであり、これを考え見いだしていくことがキャリア自律のプロセスになる。
では、自分の価値観に沿ったものとは何かというと、それはいろいろ経験してみないとわからない。だからこそ越境学習でリフレクションをしたり、別の環境に行って変化のなかで考えることが大切だ。越境をすると、客観的に自分を見つめ直し、自己理解を深めることができる。そうすれば、外部がいかに変化しても、常に自身のやりたいことを考えていくことができる。
自分のやりたいことを理解するのは大学生にとっても難しいが、社会人の方がより難しいかもしれない。会社でやるべきことだけやっていると、忙しさに紛れ、自分のやりたかったことがわからなくなってしまう。自分の内側から湧き上がるやりたいことがなくなると、仕事への情熱も失われていく。
自分のやりたいことはだれも教えてくれないので、自律的に考えざるを得ない。「自律」とは、単に親などから独り立ちすること(自立)ではなく、自分で自分を律することである。つまり自律的なキャリア形成とは、自分のやりたいこと、自分の価値観を自分自身で主体的に考えていくことであり、それが仕事への熱意につながる。
企業がキャリア自律を重視する2つの理由
今回取り上げた3社は、いずれも、自律的キャリア形成を意識している。キャリア開発研修等を通して自律的キャリア形成を促すNEXCO中日本、自主性を後押しする社内募集制度等を導入しているソニー、副業の解禁により異なる経験を得る機会を与えるロート製薬。それぞれ大事な方向性をもって取り組んでいる。
企業が社員のキャリア自律を重視するように変わってきた理由は2つある。1つは、個人の意識の変化である。特にミレニアル世代に顕著だが、東日本大震災以降、自分は何のために生きるか、社会とどうかかわっていくかを意識する人が増えた。そのため、その思いが満たされない「言われたことだけやれ」という組織では、モチベ―ションが上がらず、退職を誘発する可能性がある。
もう1つの理由は、個人が外部の視点をもって自律的に考えることが、会社にとっても必要になった点だ。変化の激しい時代なので、これまでは安定的に運用していればよかった業界も、そうはいかない。自律的にキャリアを考え、様々な経験を積む社員の新たな発想をビジネスにつなげていかなければ、会社も生き残っていけない。