OPINION1 あなたと部下が「睡眠負債」に押しつぶされる前に いま知っておくべき「睡眠」の役割と改善策 西野精治氏 スタンフォード大学 医学部精神科 教授/睡眠生体リズム研究所 所長
睡眠の役割とは何か。どうすれば睡眠の質を上げることができるのか。
ベストセラーとなった『スタンフォード式 最高の睡眠』の著者であり、世界の睡眠研究をリードするスタンフォード大学で30年にわたり研究を続ける西野精治教授に聞いた。
研究が進む「睡眠」の役割
睡眠不足が体に悪い、また仕事の能率を下げるというのは、あえて言うまでもない常識だろう。しかし、睡眠医学の歴史は意外にも浅い。始まったのは1950 年代になってからで、いまだに解明されていないことも多いという。我々は、睡眠のことを知っているようで知らないのだ。
たとえば、あなたは以下の行動を正しいと思うだろうか。
スタンフォード大学の西野精治教授によれば、答えはいずれも「No」である。
「人は通常、長く起きているほど次第に眠くなりますが、不思議なことに普段の就寝時間の直前2時間ほどはもっとも眠りにくい。ですからいつもどおりに寝て、睡眠時間を1時間削る方が、すんなり眠れて、眠りの質を確保できる可能性が高いのです。また、睡眠のなかでもっとも確保すべきなのは、眠り始めの90 分。眠気があるならまず寝て、90 分たった後に仕事をする方がよいでしょう。靴下については、人は夜になると、体内のリズムで手足の毛細血管から熱を放散し、体温を下げようとするので、履いたままだと熱の放散が妨げられ、眠りの質が悪化してしまいます」(西野氏、以下同)
まだまだ謎の多い睡眠だが、ここ十数年で研究が進み、多くのことがわかってきた。睡眠が注目される契機となったのは、2002 年にサンディエゴ大学が米国がん協会などの協力を得て行った110 万人規模の調査だ。6年間の追跡調査の結果、死亡率が一番低かったのは、アメリカ人の平均的な睡眠時間(7.5 時間)に近い、睡眠時間7時間の人たち。睡眠時間が短くても長くても、死亡率はその1.3 倍にもなった。
また、この調査では、肥満度を表すBMI 値も調べているが、短時間睡眠の女性に肥満の傾向が見られた。のちに動物やヒトで実験をしたところ、睡眠制限をかけると、食べすぎを抑制するレプチンというホルモンが出ず、逆に食欲を増進するグレリンが出て、必要以上に食べてしまうことが明らかになった。
その後の研究で、他にも睡眠と病気の関係が次々にわかってきた(図1)。
「睡眠の役割として昔からいわれているのが、休息、そして眠気の放出です。記憶を整理して定着させる効果もありますし、ホルモンや自律神経のバランスを調整し、免疫力を上げる効果もあります。忘れてはならないのが、脳の老廃物の除去です。脳脊髄液を通じた老廃物の排出が睡眠中に効率的に行われ、これが滞るとアルツハイマー型認知症等の危険も高まります」
抜け出せない「睡眠負債」
一方「睡眠負債」という言葉が2017 年「ユーキャン 新語・流行語大賞」でベストテンに選ばれた。「睡眠不足なんて、寝ればすぐに回復する」と思うかもしれないが、そんな甘いものではない。慢性の睡眠不足による心身への負荷は、借金のように増え続け、気づいたときには体も心も破綻してしまう。少しずつむしばまれていくので、利息が積み上がっていることになかなか気づかない。