No.02 指導の前提は、「一番大切なことは何か」を話し合うこと 鴻上尚史氏 劇作家・演出家|中原 淳氏 立教大学 経営学部 教授
人は誰しも指導者になる。
これは講師やマネジャーに限った話ではない。
組織で働く人であれば、一度は人を育て、チームを育む指導的役割を担う機会が訪れる。
本連載では人の成長に寄与し、豊かな成長環境を築くプロ指導者たちに、中原淳教授がインタビュー。
第2回は前回に引き続き、数多くの俳優に演技指導を行う劇作家・演出家の鴻上尚史さんにお話を伺った。
[取材・文]=井上 佐保子 [写真]=山下裕之
目的は「名作をつくること」コミュニケーションは手段
中原
鴻上さんは、劇作家、演出のお仕事の傍ら、一般の人を対象としたコミュニケーションワークショップなども数多く行っていらっしゃいます。ワークショップに力を入れていらっしゃるのはなぜですか?
鴻上
ひと昔前までは劇団も日本の会社も、“飲みニケーション”が唯一のコミュニケーションスキルの養成機会だったように思います。昔は演出家から怒鳴られた若い俳優を中堅が飲みに誘って励まし、劇団を辞めるのを阻止した、みたいなことが頻繁にありました。
しかし、昨今、特にコロナ禍以降はそんなに飲んでいられなくなりました。“飲みニケーション”という強力なツールが廃れてしまった後は、もう演劇のコミュニケーションの方法を応用するしかないと思い、それをワークショップに仕立て、力を入れているのです。
中原
確かに昭和的な“飲みニケーション”は時代遅れになってきていますね。飲み会をコミュニケーショントレーニングにすることはもうできない。しかし、職場のコミュニケーションに難しさを感じているマネジャーは少なくありません。
鴻上
アイスブレークなどと言ったりもしますが、今、企業研修などで行われているコミュニケーションワークショップは、もともと演劇教育のシアターゲームから来たものです。ヨーロッパでは国から演劇界に、日本の文化予算の何倍ものお金が投入されています。だからこそ演劇界も社会に貢献しなければならないという意識が強くあり、ヨーロッパの演劇人は、社員はもちろん、企業幹部に対してスピーチやコミュニケーション研修を盛んに行っています。僕は日本の演劇人もこれをやらないとダメだと思っているのです。
中原
同感です。企業幹部やマネジャーなど上に立つ人にこそ、こうした研修が求められるように思います。しかし、いまだに飲みニケーションに頼ろうとする方もおられますよね。
鴻上
企業に講演会に行くと年配の方から「どうしたら若い人を飲みに誘うことができるでしょうか?」などと聞かれるのですが、「やめた方がいい」とお答えしています。僕も相手は断れないだろうと思うので、自分から若手を誘うようなことはしません。その代わり、相手から誘われたときは何か言いたいことがあるのだろうと思うので絶対に断らない、と決めています。
中原
決めの問題ですね。指導的な立場にいる人ほど、自身の影響力について意識的でいる必要があります。鴻上さんはご自身の持つ影響力についてかなり意識なさっているようにお見受けします。
鴻上
それは過去の苦い経験があるからです。なんとなくコミュニケーションがうまくいかないままお芝居の稽古が始まり、本番が終わって打ち上げでお酒を飲んで初めて「実はあのシーン、本当はこうしたかったんだよね」といったことがありました。僕の現場では、極力そうしたことがないようにしたい。言いたいことを言い合えて、作品づくりをみんなでできればいい。なぜか。それは、ただただシンプルに「いい作品をつくりたい」からなのです。