キャリアと生き方│ジョブ・エンベデッドネス 6つの次元で「組織にとどまる理由」を捉えるジョブ・エンベデッドネス 服部泰宏氏 神戸大学大学院 経営学研究科 教授
人材の流動性が高まるいま、「離職する理由」ではなく、「従業員を組織にとどまらせる理由」に着目し、離職問題を検討するのが「ジョブ・エンベデッドネス」である。
いま、この考え方が求められる理由とジョブ・エンベデッドネスの概要について、神戸大学大学院経営学研究科教授の服部泰宏氏に聞いた。
[取材・文]=田中 健一朗 [写真]=服部泰宏氏提供
人が組織に「埋め込まれる理由」を探る
「ジョブ・エンベデッドネス」とは、組織と個人の関わり合いを捉えた際、職場に従業員をとどめる力としての「埋め込み」に注目し、離職問題を検討する概念を指す。
人的資源管理論と組織行動論に詳しい、神戸大学大学院経営学研究科教授の服部泰宏氏によれば、ジョブ・エンベデッドネスより以前にも、組織と人との関わり方の強さや結びつきをテーマとした概念はあった。その代表格が「組織コミットメント」だという。
「これは、人は会社とどういう結びつきがあり、どういうときに積極的に組織に居続けたいと思うのか、という概念です。しかし近年、会社への愛着がある状況や、居続けることによるメリットなど、従来の組織内要因だけでは、社員が会社に居続け、離職を踏みとどまる理由を学術的に説明できないことがわかりました。自分の会社が好きなのに辞めてしまう人もいれば、好きではないのに居続ける人もいる。つまり、“辞めにくい理由”は会社以外にもあるのではないか―― 。そこで、会社以外のコミュニティの存在にも着目し、『なぜ、人は辞めないのか』『何によって人は埋め込まれているのか』といった領域まで問い、拡張したなかから出てきた概念がジョブ・エンベデッドネスなのです」(服部氏、以下同)
エンゲージメントにも近い印象を受けるが、対象を主に「仕事」に限定し、活力ある状況を維持できているかが問われるエンゲージメントは、比較的短期で変化しやすいものだという。つまり離職の可能性を測る指標としては心もとないということだ。
それに対し、ジョブ・エンベデッドネスは、個人が関わる対象を「組織」だけでなく「地域」や「コミュニティ」にまで拡張しており、その関わりによる「辞めにくい状況」は短期で大きく変化することがないため、安定的に個人の行動を説明するコンセプトだという。その点でも、離職問題を検討するうえでは、ジョブ・エンベデッドネスの観点が有効だといえるだろう。
ジョブ・エンベデッドネスを構成する「6つの次元」
ジョブ・エンベデッドネスには、企業内外の人間関係における、①「絆」(Link)、②「適応」(Fit)、③「犠牲」(Sacrifice)という3つの次元がある。
「絆」とは、人とのつながりを指し、「適応」は、「肌に合っている」「好きな感じがする」といった心理的なフィット感を、また「犠牲」は、離れることで失うものを指す。
その3つの次元それぞれに『組織』(企業や組織に関わるもの)と『コミュニティ』(企業外のもの)を組み合わせた、合計6つの次元がジョブ・エンベデッドネスの指標となる(図1)。たとえば「絆」の「組織」であれば、信頼してくれる同僚がどれほど存在するか。「コミュニティ」であれば、地域に親しい人がどれほど住んでいるか。また、「犠牲」の「組織」であれば、退職することで収入が減ることだったり、「地域」であれば、地域を離れることで子どもが転校しなければならない、といったことを指す。