OPINION2 経営戦略との連動でストーリー性がある開示を 人的資本の「戦略的開示」で経営の質を高める 香川憲昭氏 HRテクノロジーコンソーシアム 代表理事
「有価証券報告書における人的資本の開示は大学入試科目に例えれば、小論文。
投資家に向けて、将来方針について説得力ある内容に仕上げる必要がある」と語るのは、人的資本開示の普及に取り組む一般社団法人HRテクノロジーコンソーシアム代表理事の香川憲昭氏だ。
望ましい情報開示や成果目標の設定など、開示のポイントについて話を聞いた。
[取材・文]=増田忠英 [写真]=香川憲昭氏提供
人的資本の透明化は経営の品質向上につながる
2023年3月期決算から、有価証券報告書における人的資本情報開示の義務化がスタートした。その意義について、HRテクノロジーコンソーシアム代表理事の香川憲昭氏は「義務化された背景を含め、考え合わせる必要がある」と話す。
「経済や社会の不確実性が増すなか、経営の舵取りの難易度が格段に上がっています。日本社会の将来を考えてみても、『現在の経営スタイルのままでよいか』と問われれば、恐らく百人中百人の経営者が『ダメだ』と答えるはずです」(香川氏、以下同)
では、具体的にどう変えていけばいいのか。企業の持続的成長に必要な観点として、約20年前から重視されるようになったのがESG(環境・社会・ガバナンス)だ。Eに関しては、気候変動要素であるCO2排出量の開示ルールが整備されてきた。Gについても、リーマンショックなどの大きな経済不況を経験したことで、企業統治改革の重要性が高まり、日本の株式市場でもコーポレートガバナンス・コードが改定された。
「こうした一連の流れのなかで、今回、人的資本情報の開示がSの一要素として義務づけられたわけです。すなわち、企業は、気候変動要素への対応、企業統治改革と横並びで人的資本を位置づけ、社内外への説明責任を果たしていく必要が出てきたということになります」
人的資本情報開示の義務化は、「社会へのインパクトが非常に大きく、メリットしかない」と香川氏は指摘する。
「これまでは、企業における人的資本のブラックボックス化が許されてきたといえます。たとえば人材育成の在り方などについて、あえて外部に説明する必要はありませんでした。それが、人的資本をどのようにマネジメントしているのか、戦略と目標を開示しなければならなくなったわけです。このことは、投資家だけでなく取引先や企業の従業員、さらには労働市場、そしてもちろん企業自身にとっても大きなメリットになります。なぜなら、人的資本の透明化が進むことにより、経営の品質が高まるからです。それこそが、人的資本開示の最大の意義ではないかと思います」
人的資本開示は、それぞれにどのようなメリットをもたらすのか。経営者にとっては、より緊張感を持って経営に当たる必要が生じる。人的資本経営に集中し、対外的にも自らの言葉で説明をしていくことによって、その影響力が組織にも浸透し、組織全体のマネジメントクオリティが向上する。投資家にとっては、従来ブラックボックスだった人的資本の取り組みが数値と共に開示されることで、投資判断の精度が高まる。また、従業員や労働市場にとっても、人材育成に関する目標や方針、施策などが明らかにされることは、個人の求める働き方と照らし合わせて考えるうえでおおいにプラスになる(図1)。
「そして人事部門の担当者にとっても、人事業務の成果が価値向上に直結するようになるという意味では、大変さが増す半面、よりやりがいのある業務になっていくのではないでしょうか」
人的資本開示に対する企業の取り組み状況
取材時点(2023年5月)では、3月期決算企業の開示内容はまだ明らかになっていないが、人的資本開示に対する企業の取り組み状況について、香川氏は2つの数字をもとに、次のように推測する。
1つは、香川氏が代表理事を務めるHRテクノロジーコンソーシアムなどが、企業の人的資本の取り組みの現状について、昨年9月~11月に実施した「人的資本調査2022」の結果である。同調査には530社を超えるエントリーがあり、そのうち280社が調査票を提出した。