自分と向き合う│ビジネススキルとしてのマインドフルネス 自分自身と向き合い、パフォーマンス向上につなげるマインドフルネス 白井剛司氏 白井剛司事務所 セルフマネジメント&マインドフルネス ファシリテーター/ラーニング プロデューサー
「マインドフルネス」という言葉は、今や目新しいものではない。しかし、いったいどれだけのビジネスパーソンが、その本質を理解しているだろうか。長年にわたり博報堂で人材開発に携わり、OJTの手法を打ち立ててきた白井剛司氏は、「今の時代、特にマネジ ャー層はビジネススキルとしてマインドフルネスを身につけるべき」だと力を込める。その理由とは。また、正しいマインドフルネスの効果とは。白井氏に話を聞いた。
[取材・文]=平林謙治 [写真]=白井剛司氏提供
働く人に必須のビジネススキル
「マインドフルネス」がメディアで喧伝されるとき、左写真のようなイメージカットがつくのはお約束といっていい。大自然のなかにいるかのような深い癒しや悦び、解放感――。実際、マインドフルネスというと、そんな“ハッピーな状態”を漠然と連想する人が多いだろう。
それは誤りではないが、得られるもののごく一部でしかない。自らもマインドフルネスを実践し、瞑想のコミュニティーを運営する白井剛司氏は、「その一部が強調されすぎて誤認を招いている」と切り出した。
「日本のビジネスパーソン、特にリーダーやマネジャー層は『自分はそこまで疲れていないし、弱ってもいないから』と、あまり興味を持ちません。マインドフルネスに対する印象が癒しや幸福っぽいイメージに偏っているからでしょう。しかし、本当は疲弊して弱っているのに、忙しさのなかで、自分の現実を見失っている人や受け入れたくないという人も多い。そういうビジネスパーソンにこそマインドフルネスが必要だと、私は考えています」
現在、海外のグローバル企業で、研修に瞑想などマインドフルネスのメソッドを取り入れている企業は、全体の35%に及ぶ。一方、日本企業は、白井氏によると、1割にも満たない。そもそも日本人は宗教やスピリチュアルへの慎重さや警戒心が強いこともマインドフルネスが浸透しにくい一因といわれる。また、仕事における成果には直結しないだろうという“偏見”もあり、企業や働く人たちへの普及が進んでいないのだろう。しかし、白井氏はこう指摘する。
「心理的資本やエンゲージメントの向上が叫ばれていますが、いま日本のビジネスパーソンにそれを求めるのなら、まずは心のもっと基礎的な部分、コンピューターでいえばOSの状態から整えていくべきでしょう。マインドフルネスはその手法の一つなのです」
マネジャーに集まる“矢印”とは
「いまこの瞬間」に起こっている経験に意識を集中し、ありのままを受け入れる心の在り方の実践―― これがマインドフルネスの一般的な定義である。
2000年代以降、米国発の新たな心理療法として、自己啓発として、さらには有名な先進企業の研修プログラムとして、日本にも紹介されるようになった。「あのGoogleが導入している」「ジョブズも実践」―― 日本のビジネスパーソンの多くは、そんなコピーとともに、初めてマインドフルネスという言葉に触れたに違いない。
では、なぜいま改めて注目されているのか。白井氏は「日本で最初に話題になった十数年前より、ビジネスパーソンを取り巻く環境変化が激しさを増し、マインドフルネスがよりいっそう求められているから」だと説明する。
ピーター・M・センゲ博士の言を借りれば、『やらなければならないことの方がそれをやるための時間よりも多い時代』であり、しかも、その増え方が加速している。
「特に顕著なのがマネジャー層の負担です。2000年以前は短期的な業績達成と部下の育成だけを考えていればよかったのですが、その後、キャリア自律というテーマ・課題が浮上し、16年ごろからは働き方改革も始まりました。数字が求められる一方で、『時間をかけて、猛烈に働けばいいわけじゃない』という新たな要求が出てきたわけです」
しかし、効率化に伴う人員削減が行われ、際限のないスピードアップも求められる。
「ミスやコンプライアンス違反は当然許されません。最近はそこに、テレワーク下のマネジメントという難題も加わりました。方向性の異なる要求や課題が次々と現れ、その矢印がマネジャーにすべて集中してきているのが、日本企業の現状ではないでしょうか(図1)」