CASE1 日立製作所|プロのデザインシンカーを育成 50年以上の歴史をもつデザインのノウハウを 顧客の課題発見と協創に生かす 豊田誠司氏 日立製作所 サービスプラットフォーム事業本部 デジタルソリューション推進本部 シニアエクスペリエンスデザイナー 他
日立製作所では、かねてから“ デザイン” を重要視し、デザイナーの思考法やノウハウを顧客との協創に適用するため体系立てた手法を構築。
その手法を用いたデザインシンキングの「プロフェッショナル人財」を2021年度内に500人に拡大するという目標を掲げ、育成を進めている。
その目的や課題意識、具体的な育成方法について聞いた。
デザイナーの思考法を体系化
日立製作所のデザインの歴史は1957年にさかのぼる。日本の製造メーカーのなかでも早い段階から専門組織をつくり、家電など自社製品の開発に取り入れた。その後も、時代に合わせながらデザインの在り方を模索し続けた。同社のデザインに長年携わってきたデジタルソリューション推進本部シニアエクスペリエンスデザイナーの豊田誠司氏は、次のように説明する。
「2000年ごろからはデザインの次のステップとして、『製品・サービスそのものではなく、それを使う人の経験をデザインする』という経験価値を重視するようになりました。それにともない、ユーザーを徹底的に観察し、ユーザーの課題をとらえたうえで、その課題を解決する経験のデザインを行う『エクスペリエンスデザイン』を提唱しました」
こうしたユーザー重視の開発プロセスから、2009年に誕生したのが「Exアプローチ」だ。Exアプローチとは、デザインシンキングに基づく顧客との協創を実践することを指す。約50年間にわたり、自社製品の開発を通じて培ってきたデザイナーの思考方法やノウハウを、顧客の製品・サービスを開発する際にも適用できるよう体系立てたものである。このEx アプローチには、現場の本質的な課題を発見するエスノグラフィーや、アイデアを創発するワークショップ、さらにそのアイデアを絞り込むためのプロトタイプづくりなどが含まれる。
反省から見えてきたデザインシンキングの重要性
Exアプローチの手法を構築することになったきっかけは2つある。
1つは、従来のシステム開発における手戻りの発生に関する自社の反省だ。
「手戻りが多く発生したことから、赤字プロジェクトの増加が問題になっていました。その原因は、お客様の課題を十分に把握できていないことにあったのです。お客様の課題に対して適切なソリューションを提供できていなかっただけでなく、そもそもお客様自身が自社の課題を把握できていないケースもありました」(豊田氏)
たとえばシステム開発の場合、顧客のRFP(提案依頼書)が曖昧だと、どれだけ仕様通りに設計しても、顧客の課題を解決できるシステムは完成しない。この点を解決するためには、まず解決すべき課題を顧客と一緒に考えて十分に理解し、RFPの前段階である事業計画や構想策定といった上流工程から携わっていく必要があった。
もう1つのきっかけは顧客のニーズの変化だ。
「お客様から『デジタルシフトをしたい』『データを活用して新しいサービスを提供したい』というご相談を受けることが増えました。しかし、何から始めればいいのか、またどうすれば自社の課題を解決できるのか、迷っているお客様が多かったのです」(豊田氏)
たとえば、顧客から「接客にタブレット端末を導入したい」という相談を受けた場合、「では何十台導入して、このようなプラットフォームをつくりましょう」とすぐにソリューションを提案し導入しても、結果的にあまり活用されない事例が少なくなかった。「タブレット端末を導入して何をしたいのか」という解決すべき課題を突き詰めるより先に導入検討が進んでしまっていたからだ。
「不安定・不確実・複雑・曖昧な時代において、デジタルシフトに向けたお客様の期待に応えるためには、まず解決すべきお客様の課題をしっかり理解しなければいけない。そのためにはデザインシンキングの手法が重要だと考えました。デザインシンキングによる協創を実践できる人財、いわゆる『デザインシンカー』が社内にいることで、そうした課題を発見できるだけでなく、もっとも望ましい方法を探索し、新しい価値を協創することが可能になります」(豊田氏)
同社ではデザインシンカーを、デザインシンキングによる協創を実践できる人財、つまりExアプローチを実践する人財と位置づけ、2013年からIT 分野を中心に育成と社内認定を開始した。2019年からは全社展開し、デザインシンカーの育成を本格的に進めている。