J.H.倶楽部

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Learning Design 2019年05月刊

おわりに 社員の自律的キャリア形成を促すために 企業が変わるべきこととは?

企業が社員の自律的なキャリア形成を促すことはいまや避けられないと話すのは、雇用政策や人的資源管理を専門とする法政大学の石山恒貴教授。
そのために、企業は何をしていくべきなのか。
何を変えていかなければならないのか、話を聞いた。

石山恒貴氏
法政大学大学院 政策創造研究科 教授

[取材・文]=崎原 誠

大事だが難しい「自己理解」

本特集で紹介した識者3人の論調で共通しているのが、キャリアを考えるうえでは“個人”が大事であるということだろう。しかし、自分のやりたいことを理解するのは意外に難しい。そのことが、「自己理解」や「自分の人生をデザインする」といった言葉を用いて語られている。

自分のことくらいわかって当然と思うかもしれないが、そんなことはない。大学生に「自分のやりたいことを大事にしなさい」と言うと、「やりたいことが特にないんです」と自信喪失してしまう人がいる。また、やりたいことを「商社に入って海外で貿易の仕事をする」といったある種のパッケージのようにとらえている人もいる。そうとらえて、就職して別の仕事に回されると「これは自分のやりたいことじゃない」とモチベーションを失ったり、すぐ転職したりしてしまう。

しかし、やりたいことは、もっと内的で柔軟に考えてみてもいい。自分の価値観に沿ったことを社会においてどう実践していくかということであり、これを考え見いだしていくことがキャリア自律のプロセスになる。

では、自分の価値観に沿ったものとは何かというと、それはいろいろ経験してみないとわからない。だからこそ越境学習でリフレクションをしたり、別の環境に行って変化のなかで考えることが大切だ。越境をすると、客観的に自分を見つめ直し、自己理解を深めることができる。そうすれば、外部がいかに変化しても、常に自身のやりたいことを考えていくことができる。

自分のやりたいことを理解するのは大学生にとっても難しいが、社会人の方がより難しいかもしれない。会社でやるべきことだけやっていると、忙しさに紛れ、自分のやりたかったことがわからなくなってしまう。自分の内側から湧き上がるやりたいことがなくなると、仕事への情熱も失われていく。

自分のやりたいことはだれも教えてくれないので、自律的に考えざるを得ない。「自律」とは、単に親などから独り立ちすること(自立)ではなく、自分で自分を律することである。つまり自律的なキャリア形成とは、自分のやりたいこと、自分の価値観を自分自身で主体的に考えていくことであり、それが仕事への熱意につながる。

企業がキャリア自律を重視する2つの理由

今回取り上げた3社は、いずれも、自律的キャリア形成を意識している。キャリア開発研修等を通して自律的キャリア形成を促すNEXCO中日本、自主性を後押しする社内募集制度等を導入しているソニー、副業の解禁により異なる経験を得る機会を与えるロート製薬。それぞれ大事な方向性をもって取り組んでいる。

企業が社員のキャリア自律を重視するように変わってきた理由は2つある。1つは、個人の意識の変化である。特にミレニアル世代に顕著だが、東日本大震災以降、自分は何のために生きるか、社会とどうかかわっていくかを意識する人が増えた。そのため、その思いが満たされない「言われたことだけやれ」という組織では、モチベ―ションが上がらず、退職を誘発する可能性がある。

もう1つの理由は、個人が外部の視点をもって自律的に考えることが、会社にとっても必要になった点だ。変化の激しい時代なので、これまでは安定的に運用していればよかった業界も、そうはいかない。自律的にキャリアを考え、様々な経験を積む社員の新たな発想をビジネスにつなげていかなければ、会社も生き残っていけない。

会社側も変わることが必要

NEXCO中日本でキャリア教育を重視する理由のひとつに、定期異動があるだろう。会社の指示による異動は、その人のやりたいことに沿わないかもしれないので、会社にとっては社員が自律しない方がやりやすい。となると、そこで自律的なキャリア形成を促すのは一見、矛盾する。だが、同社では、自律的にキャリアを考えることがベースにあれば異動を中長期的な視点ですり合わせていけると考えている。セルフ・キャリアドックの活用もその一環であり、そのようなしくみと職場の面談などをうまくすり合わせていくことが、運用のポイントになるだろう。

だが、定期異動とキャリア自律をいかに両立させていくかという課題を抱えている日本企業は多いのではないだろうか。確かに定期異動によって複数の部門を経験させると、会社の全体像がつかめるし、異なる分野の経験もできるメリットがある。しかし「専門性を高めたい」と言う人に「専門性にこだわらず、異動は黙って会社に従え」と言うのは矛盾している。社員のキャリア自律を促進させるために、社員の異動希望をより実質的に人事異動に反映させるしくみを、会社側も熟考する必要があるだろう。

大切なのは組織文化

ソニーは、自律的なキャリア形成を促す観点から、およそ50年にわたって社内公募制度を運用している。

社内公募は、キャリア自律という言葉が使われ始めた2000年ごろから日本企業で導入が進んだが、必ずしも機能しない場合もある。極端な例だが、所属部署の上司に拒否権がないため、異動が決まって報告すると、上司から「二度とうちの敷居をまたぐな」と言われる場合もあるという。このような職場の実態があると、応募が抑制される。社内公募においては、制度導入のみならず組織文化が重要になる。

転職についても同じことがいえる。進んだ会社は、転職者の出戻りを認め、戻らなくても、「アルムナイ」といわれるOB・OG のネットワークを活用しているが、今でも転職者を裏切り者ととらえる会社がないわけではない。転職者を裏切り者ととらえる組織文化は、社内公募の応募者を裏切り者ととらえる組織文化になってしまう。

そうならないためには、ソニーのように、会社が本当に自律的なチャレンジを推奨しているというメッセージを出し続けなければならない。

特に大事なのが、上司のマネジメントだ。ソニーは、人材を引き抜かれることに対してマネジメント層に抵抗が少ないというが、ここがポイントである。組織は、放っておくと“タコツボ”になり、社内公募でなくても、エースは囲い込んで手放さないということが起こりがちだ。そこでいかに上司が異動を希望する本人の意思を尊重できるか。本人や、ひいては会社全体へのメリットを見据えることができるか。そんなマネジメントが必要になる。

また、「私は部下に『どんどん意見を出せ』と言っているが、だれも何も言わない」と嘆く経営者や管理職がいるが、そういう場合、大概そういう人自身にも責任がある。「意見を言え」と言っておいて、自分への反論に不快そうな態度になり、相手を萎縮させていたりする。自律性が高まると、どんどん異論が出てくるが、むしろそれを歓迎しなければいけない。

日常と異なる経験が有効

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