寺田佳子のまなまな 第15回 元湯陣屋 社長 宮﨑富夫さんに聞く IT 時代のおもてなし
今回のお相手は、温泉旅館「元湯陣屋」の4代目社長を務める宮﨑富夫さん。
クラウド型の旅館業務管理システム「陣屋コネクト」を自社開発したことで、IT業界、旅館業界の双方から注目を集めています。
一度は倒産の危機に直面した旅館を、どのようにして立て直したのか。
その手腕と、ITを活かした温かい「おもてなし」の秘密に迫ります。
“旅館”に“IT”!?
神奈川県秦野市の鶴巻温泉。丹沢の山並みを望む静かな駅から歩いてほどなく、「元湯陣屋」の看板が見える。木々の匂い、鳥の声、そしてかすかな水音。新宿からわずか1時間とは思えない清々しい空気に、思わず深呼吸をしたり、のんきに空を見上げたりしていると、
「寺田様でいらっしゃいますね。お待ちしておりました」と、宿のスタッフらしき男性が現れた。見ると、口元にはインカム(内線通話機)、手にはタブレット。宿の法はっぴ被姿でなければ「SPか!?」と思うような最新装備と身のこなしである。
「こちらが『となりのトトロ』のモデルになったトトロの木でございます」「そちらが飲泉でございます」「庭園は1万坪ほどございます」とにこやかに案内してくれるが、時折さりげなく「ご到着です」「階段上ります」とインカムに囁いている様子は、やはりタダモノではないような。
池の鯉を眺め、階段を上がり、かつて三井財閥の別荘であった純和風の建物に入ると同時に、「いらっしゃいませ!」と羽織袴姿で迎えてくれたその人が、創業99 年の老舗旅館、元湯陣屋の4代目社長・宮﨑富夫さん。今回のまなまなのお相手である。
宮﨑さんといえば、旅館のIT革命で注目を浴び、日本旅館のニューリーダーとしてメディアに登場することも多いが、実は旅館を継ぐ気は全くなかったというから驚きである。
自分だからこそ、できること
父は自動車関連会社の経営者、母は元湯陣屋の女将。子どもの頃から機械が好きで、大学は理工学部で排気ガスの研究をし、大手自動車メーカーにエンジニアとして就職した。次世代燃料電池の開発に携わり、職場近くにキャンピングカーを停めて寝泊まりするほど仕事に没頭。そのままエンジニアの道をまっしぐらに走るつもりが、就職して8年目の夏、思わぬところで赤信号が灯った。
突然の父の他界、そして母の入院。元湯陣屋は将棋や囲碁のタイトル戦も数多く行われた名旅館だったが、10 年来の経営不振にリーマンショックが重なり、10 億円の負債を抱えて破産寸前であることを、この時初めて知った。「手放すつもり」という母の言葉に、宮﨑さんは考え込む。
他人に任せて、もしうまく行かなかったら、銀行融資の保証人になっている家族は全てを失う。何より、女将はもちろん先代、先々代が愛した陣屋をこんな形で手放していいのかという想いがあった。
「後悔するくらいなら、会社を辞めて、自分で何とかする」と覚悟を決めた。しかし、「辞めるのは、やめて!」と女将。接客業の経験もないあなたに旅館の経営は無理だから、と当然の心配である。
それは、そうですよね。右も左も分からずに危機的状況の旅館の経営者になるなんて、誰でも止めますよ。