人材教育最前線 プロフェッショナル編 経営ステージと現場の視点を取り入れた 育成・制度・風土の改革をめざす
自動車や住宅、橋やビル、工場などの大型構造物の塗料を製造、販売する日本ペイントホールディングスグループ。
2014年には持株会社体制に移行するなど、将来を見据えた大きな変革に取り組んでいる。そうした中、2016年4月に人事本部長に就任したのが、藤田徹朗氏だ。
藤田氏は事業系出身で海外駐在の期間も長い。 経営者としての経験も活かしながら、「経営と現場に根ざした人事改革を進めたい」と意気込む。
経営者視点の“ 改革への思い”に迫った。
現場が分かるからできること
国内最大手、世界第4位塗料メーカー、日本ペイントホールディングス上席執行役員の藤田徹朗氏は、2016 年より人事本部長を務める。だが、藤田氏自身に人事部門の在籍経験はなく、事業畑を歩み続けてきた。
「国内営業に始まり、その後は自動車塗料事業や海外での事業展開に携わってきました。その間、イギリスの現地法人で工場を立ち上げたと思えば、シンガポールで華僑の人たちとパートナーシップを築くこともありました。機能部門の経験はありませんが、グローバルなレベルでの“現場の感覚”というものを、肌で感じ続けてきました。自分が人事本部に来た意味は、そこにあるのではないかと考え、机上の空論で終わらせない、実効性のある人事の実現をめざしています」(藤田氏、以下同)
物腰柔らかに穏やかに語る藤田氏は、いわゆる“泥臭さ”とは縁遠い印象を受ける。だが、彼が人や組織の成長の瞬間に立ち会ったのは、いつも「現場」、それも海外でのことだった。
人への思いは国や人種を越える
藤田氏は34 歳の頃、イギリスに赴任。ロンドン郊外にある町で、工場の立ち上げに関わった。5人の日本人スタッフのうち、藤田氏以外の4人はエンジニアだったため、彼らはいつも工場に張りついていた。そのため、原料調達や総務に関連する業務は、本来は営業担当のはずの藤田氏に全て回って来る。
さすがに1 人でこなすことは難しかったため、調達業務は現地社員にパートナーになってもらい行うことにした。相手はインド系の移民で、20 代前半の若者だった。彼とは日々共に仕事をこなすのはもちろん、週末には特別な時間を過ごしていた。
「当時、私の家族はロンドンに住んでいました。彼の自宅はヒースローにあったので、工場から自宅へ戻るのに、一緒に車に乗せていたのです」
工場からロンドンまで、およそ130kmのドライブだ。
「車中では仕事中に指示した内容の背景を説明することもあれば、『5年後はどうなっていたいの?』『それのためには、今何をする必要があると思う?』などと、キャリアについて一緒に考えることもありましたね」
慣れない英語でのコミュニケーションで、最初はもどかしさも感じた。だが1年ほどすると、青年も心を開き、自分の思いを語るようになった。
「英国でも、やはり見えない人種の壁が存在します。インド系の彼は、『自分は社会で駒として扱われ、使い捨てにされるのではないか』という不安を抱えていました。その不安を拭えるだけの経験と自信を、仕事を通じてどれだけ得られるかが大切だ、という話をよくしましたね。仕事中は厳しく接したこともありましたが、場所が変わるとお互いが冷静になって話し合えました」
ドライブ中のコミュニケーションを続けるうちに、彼の仕事ぶりに変化が見られるようになった。一つひとつのタスクの目的や背景を意識するようになり、言動が研ぎ澄まされていくようになったと藤田氏は振り返る。
「“数年後”という長期的な展望が人を強くすると思いましたね。目先のことにとらわれると、精神的に疲弊してくるものです」
現在この青年は、ある航空会社の調達部門のマネジャーを務めている。
「将来に目を向けた対話や動機づけが相手の意欲を左右すること、それは国や人種を越えて、全ての人に共通することだと実感しました」