人材教育最前線 プロフェッショナル編 人が組織をつくり、成長させる 経験が導いた〝杖〞としての人事
大手総合化学メーカー、旭化成。人事部門トップである橋爪宗一郎氏は、「人事は、社員の“杖”であるべき」と話す。
教育訓練担当として、製造・開発拠点で研修の企画に明け暮れた。会社の枠を越えた勉強会では、人の育成について、真剣に考え続けた。タイでは、事業を立ち上げる中で、スタッフが自立していく過程を目の当たりにした。これら一つひとつの経験が育んだ橋爪氏の確たる「人材育成観」、そして“杖”の真意について、話を聞いた。
育成は社員を支える杖である
「“staff ”という英語には、もともと“杖”という意味があります。スタッフ部門のひとつである人事部は、まさに社員たちを支える杖なのです」
そう語るのは、旭化成上席執行役員人事部長の橋爪宗一郎氏である。
旭化成といえば、工業製品や日用品に欠かせない化学樹脂や高機能素材の開発と製造のみならず、住宅事業や医薬品事業においても日本を代表する総合化学メーカーである。入社後、20 年以上にわたり人事畑を歩んだ後、事業部で9年ほど組織を率いて再び人事部へ。グループ全体の人事を統括する立場となり、改めて、人事は杖のような存在だと感じる。
しかし、この杖の形が難しい。社員をしっかりと支えるものでなければならないが、社員が甘えてしまうような杖では、彼らの自立した歩みを促すことはできない。だからといってすぐ折れるようでは意味がなく、たとえ丈夫であってもサイズが合わなくては、同社のような大きな体を支えることはできない。今も橋爪氏は、理想の杖の姿を模索し続ける。
だが橋爪氏には、育成施策を考えるうえで確たる信念がある。
「当たり前ではありますが、結局“人”が育たないと“組織”の成長は成し得ません。ということは、組織の成長につながる育成を、どれだけ社員に向けて仕掛けられるか、ということが大切になってきます」(橋爪氏、以下同)
育成に対する価値との出会い
橋爪氏が、本格的に人材育成に関わるようになったきっかけは、入社6年目に川崎事業所の勤労部門に異動したことだった。東京本社と違い、川崎には複数の工場や研究所、テクニカルセンターなどがあり、同社の基幹事業を支える重要な拠点である。
「東京本社では労務に関する業務が中心だったのですが、川崎では事業所内の人事労務に加え、社員育成や教育訓練の施策づくりという役割も勤労部門が担っていました」
川崎では研修の企画と運営がメーンとなり、職長候補が受講対象のマネジメント研修や安全管理研修などを担当した。講師は、現場の課長職の社員が務める。
「講師も新任課長がほとんどでした。これには目的があって、人に教えることを通じて、身につけた知識や経験を論理化させ、理解を深めてほしかったからです」
初めは上手くいかなくても、回を重ねるごとに内容は洗練される。講師陣は相手に伝わる説明の仕方を、そして受講者はムダのない知識を習得できる。さらに社員皆が全体の機構や関連性を知ることで、現場は円滑になる。教える側と教わる側の変化を目の当たりにしながら、橋爪氏は育成の奥深さに興味をおぼえた。
そんな時、育成に対する興味をさらに深める機会に恵まれた。それは、「雑さい賀か 塾」という勉強会だった。
旭化成をはじめ、鉄鋼業や繊維、エネルギーなど、重工業を扱う複数の企業の若手社員が集まり、大手家電メーカーの元教育訓練部長を講師に迎え、教育訓練に対する考えを学ぶ。