~まとめとして~ 人事・人材開発から見る未来 7人の提言から読み解く 未来に向けての備え
ここまで、AI、ワークスペース、経済学、若者の傾向、経営的視点、海外(アメリカ)、子どもの教育という7つの視点から、日本の“ 働き方と人材の未来”を見てきた。我々は、7人の提言から何を学び、今後の施策にどう活かしていけばよいのか。
企業のHRM(人的資源管理)に詳しい山本寛教授が、検討すべき論点と求められる対応を語る。
はじめに―5つの論点
7人の識者の提言は、いずれも示唆に富む、興味深い内容だ。多くの方が指摘していたのが、既に変化の激しい時代であること。そして、これからどんな変化が起こるか予想もつかないこと。加えて、特に日本において、労働人口が減少していくことである。この共通認識の下、人的資源管理と人材育成の面で注目すべき点を見ていこう。
主な論点は、図1の5つである。1つめは、若者について。7人中5人の方が言及しており、働き方と人材の未来を占ううえで、極めて重要な論点であることが分かる。2つめは、女性と高齢者。ワークライフバランスとも結びつくテーマだ。3つめの論点は、地域、暮らし(越境)である。これは特にユニークな視点だった。4つめはダイバーシティ。女性・高齢者と重なるが、日本企業が生き残っていくうえで外せない。そして最後は、今後、重要性が増していくAIと人的資源管理・人材育成との関係だ。順に振り返る。
論点1:若者をどう活かすか
①大学教育の変革が必要
若者に関しては、①大学教育の在り方と、②若者自体へのアプローチの2つの面から検討する必要がある。
大学教育について、ライフネット生命保険の出口治明会長は、大学の成績を採用選考に反映し、勉強するインセンティブをつくるべきだと提言している。これは、大学教育と企業の人材採用システム全体に影響する話である。
大学教育の評価が高まらないのは、企業の人材活用・育成との連携が取れていないことが1つの大きな原因である。連携を取るには、大学で高度な専門教育を行うことも有益だが、全体としては、まず企業内教育に入る前の基礎レベルを上げるとよい。そのために成績によるインセンティブをつけるのは、いい方法だと考える。
大学教員として正直に言えば、現状では成績を厳しくつけ、合格ラインに満たない学生を容赦なく落とすのは難しいものがある。以前、明治大学のある教授が、卒業を控えた多くの4年生を必修科目で不合格にし、大量の留年者を出して注目を集めた。学外で問題になるということが、大学の単位取得に対する世の中の認識を表している。
したがって、大学だけではなく社会全体で大学教育のレベルアップを図ることが必要だ。大学は、個々の科目で必要なことをきちんと身につけた人によい成績をつけ、そうでない人は落とす。そして、企業も、学業成績に注目して学生や新入社員を評価する。この積み重ねによって「○○大学を出れば、□□の専門性を身につけている」という大学教育への信頼が高まれば、企業もそうした情報を採用や人材戦略にもっと活用することができるはずであろう。
教育の中身も問題だ。慶應義塾大学・中島隆信教授の、日本の大学教育は「専門と教養のどっちつかずになっている」という指摘も、とても考えさせられる。昔から議論のあるところだが、本質は、教養的なものをどこで教えるか、必要性はどこにあるか、である。
「教養など大学で教えなくていい」という意見もあるが、そんなことはない。直接的にビジネスに影響を与えないと思われる“哲学”に関する書籍がビジネス書の棚にも置かれ、売れ続けるのは、その教養的内容に惹かれたり、必要性を感じる人が多いためであろう。学業以外の大学生活の中で人間関係構築力が育まれるように、教養的知識や経験は大学教育に必要なものである。結局、この問題の行きつくところは、大学を、教養を含めた知識や能力を磨く「高度研究型大学」と、専門知識習得やスキル訓練のみを行う「職業訓練型大学」に分け、選択肢を設けるということなのだが、これには一般の方からも大学関係者からも反発が強い。
専門性に関連して厚切りジェイソン氏も、日本では大学での専攻と仕事が不一致なことが多いと指摘した。大学で高い成績を取った人を企業が採用して即戦力として活かす形にすればこの問題は解消されるが、2030年という近未来までに実現するかというと難しいところだ。
②若者への6つの処方箋
若者へのアプローチとしては、6つの処方箋が提案されている(図2)。
②-1 自己肯定感を高める
自己肯定感の低さは若者だけの問題ではないが、特に若者に顕著に表れている。熊野英一氏の提案するアドラー心理学の“勇気づけ”のアプローチは、ぜひとも企業で取り入れてほしい。管理職に褒め方研修を行い、若者との接し方を学んでもらうとよい。
②-2 皆で頑張る仕組みをつくる
これについては主に博報堂の原田曜平氏が語っている。具体的に、若者を積極的に飲みに誘うことを勧めているが、取り組みやすい提案だろう。原田氏は近年、社内運動会や社員旅行が復活してきていることも指摘する。それは、そうした「皆で頑張る仕組み」の有効性に企業が気づき始めているからだ。成果主義的な圧迫から、皆でコミュニケーションをとる場、一体感を醸成する場が求められている。参加型イベントは、社員のリテンション策としても有効である。