人材教育最前線 プロフェッショナル編 鬼から仏への転身が職場に笑顔を生んだ 社員が幸せになる現場主体の組織運営
日本郵政グループの中核組織である日本郵便。全国に約2万4000ある郵便局を支える社員数は、非正規雇用を含めて40万人を超える。人材育成の方針が、組織に多大な影響を与えることは、想像に難くない。
育成トップの人材研修育成室室長、吉澤尚美氏は屈託のない笑顔が印象的だが、実は周囲から「鬼の吉澤」と呼ばれた過去を持つ。今では「社員を幸せにすることが私の仕事」だと語る同氏。彼が鬼から仏へ変わったターニングポイントとは。
虹色のイラストが示す“怒り”
「これ、見てください」と、日本郵便人事部人材研修育成室室長の吉澤尚美氏が差し出したのは、額縁に入った葉書ほどの絵画だった。
7色の虹がパステルを使って描かれている。外部のマネジメント研修で、吉澤氏が描いたものだという。
「この絵のテーマ、何だと思います?」(吉澤氏、以下同)
その答えは、カラフルな配色からは、思いもよらないものだった。
「実は“怒り”を表したのです。怒りという感情は、相手の心を凍らせてしまいます。この絵では、その状態を青や紫で示しました。しかしマネジメントに必要なのは、部下の心を冷たい状態から赤や橙に連想される“ぽかぽかした状態”に導くことではないかと思うのです」
そして吉澤氏は、青から赤に続く絵を指でなぞりながら、「この虹は、私のマネジメントの変遷そのものなのです」と続けた。
吉澤氏のキャリアをひもときながら、その言葉の意味に迫ってみたい。
郵政省の“鬼”だった
吉澤氏の父は、地域からの信頼の厚い郵便局長であり、その意思は、長男である兄が継ぐことになっていた。だが、吉澤氏が大学4年生の時、交通事故で兄は帰らぬ人となる。吉澤氏は自動車メーカーの内定を蹴って、郵政の道へと進んだ。
仕事は順調だった。貯金の新規獲得も簡易保険の契約もコツをつかめば目標を達成できたし、郵便局で働くことにやりがいも感じていた。そして入局5年目に、吉澤氏は郵政大学校で2年間の研修生活を過ごす。
「実はその前にも1年間研修を受けていた時期がありました。当時の郵政省には、郵政省職員訓練法という法律に基づいた職員の育成制度がありました。他の省庁よりも教育制度が充実していて、『人材育成は郵政のお家芸』と言われたものです」
郵政大学校への入校倍率はおよそ100 倍という難関。教育を受ける中で、吉澤氏は組織の統率を図ることが最も重要だと考えるようになる。
「郵便局には正規の職員だけでも20万人以上、非正規を含めると全国に40万人もの職員がいます。これだけ莫大な人数をまとめ上げるには、規律の順守が重要だと思いました」
修了後は郵政省の人事部で採用や人事制度、人事考課の整備などを長く手掛けた。
「この頃は、とにかく『間違いはあってはならない』という思いで仕事に臨んでいました。全国に13 ある郵政局との調整も行っていたのですが、ガチガチに管理していました」
もともと官僚をトップとした上意下達文化が発達した組織である。「上の言うことは絶対だ」と、現場のわずかな乱れも許さなかった。次第に周囲からは、「鬼の吉澤」と陰で呼ばれるようになる。