TOPIC KAIKAカンファレンス2016レポート 人の成長と組織の活性化のために これから人事は何をすべきか
人事や人材開発における諸課題の解決をテーマに、
今年も「KAIKAカンファレンス」が開催された。
2014年のリニューアル後、3回目を迎えた今回は、
どのようなプログラムが展開されたのか。
その模様の一部をレポートする。
7つのテーマでプログラム展開
「KAIKAカンファレンス」は、日本能率協会(JMA)が1982年から開始した「HRD JAPAN(能力開発総合大会)」が、2014年から新ブランドとしてリニューアルされたもので、今回で3回目の開催となる。
人材育成・組織開発に関する先進企業の実務家による講演やディスカッションを通じて、新たな知見獲得や情報交流を図る場だ。その根底には、「人と組織が自発的に成長し、企業が開花(KAIKA)し、同時に社会も活性化していくために、人事や企業は何をすべきなのか」を明らかにするというコンセプトがある。
2016年は年明けから、世界的な株価の下落やマイナス金利の導入といったビジネス環境の変化が報じられている。先行きの不透明感が募る現代のビジネスシーンにおいて、事業を成功に導くためには、人事や人材開発といった領域はますます重要性を帯びてきている。
そうした現状を踏まえながら、オープニングの塩野義製薬代表取締役社長・手代木功氏の基調講演を皮切りに、人材育成、経営者育成、グローバル、理念共有、組織開発、ダイバーシティ、TOPICSの7つの主要テーマの下、3日間にわたって各プログラムが進められ、来場者数は延べ2541名を数えた。
本稿では、野村證券によるダイバーシティをテーマとしたディスカッション付セッション(2月4日)、経営人材育成に関する三越伊勢丹ホールディングスの事例、そして組織開発についてのディー・エヌ・エーの事例(2月5日)をダイジェストで報告する。
【ディスカッション付セッション】「ダイバーシティ&インクルージョン」女性活躍推進だけでない本当の多様化のためにできること
2月4日(木)
■講演者野村證券人材開発一課エグゼクティブ・ディレクターリーダーシップ&ディベロップメントダイバーシティ&インクルージョン東由紀氏
■コーディネーター中央大学大学院戦略経営研究科教授中島豊氏
日本企業ではダイバーシティというと、女性活躍推進に重点を置かれる場合がまだ多いが、本来は人材一人ひとりの出身国や文化・習慣の違いなども含めてより幅広く捉える必要がある。本セッションでは、その議論を先取りし、今後のダイバーシティ推進の在り方や、多様性を企業の強みとするための人事担当者の役割について掘り下げられた。
新しい価値を創造する
中島 今回、皆さんに投げかけたいテーマは「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)は企業の社会的責任(CSR)を超えるものではないか」ということです。野村證券の事例は、D&Iを通じた新しい価値を創造されています。東さんにご紹介いただきましょう。
東 ありがとうございます。まず背景からご説明します。
当社でD&Iへの取り組みが始まったのは2008年。リーマンブラザーズのアジアと欧州部門を継承したことがきっかけで一夜にして各国出身の多様な社員が入ってきたため、D&Iの活動が必要であるという経営判断がなされました。
その時の議論の着眼点は、「なぜダイバーシティに取り組まなければいけないのか」ではなく、「取り組まないリスクは何か」でした。議論の結果、そのリスクとは、当社にとっては「新しい価値を創造できないこと」であると分かりました。
ただ単に職場が多様な状態である、というだけでは、価値の創造にはつながりません。組織内でD&Iを価値に転換する過程には、次の4つのステージがあるでしょう。
最初の段階は、職場には既に多様性が「存在している」こと、またそれは「存在してもいいもの」だと皆が気づくことです。
次に、多様性のある人材と協働して価値を生み出すために必要な知識やスキルとはどのようなものかを多くの人が理解すること。もしくは、マネジャーの立場で、いろいろな価値観を持っている人が集まるチームをマネージして成果につなげるにはどんなスキルが必要なのかを、理解することです。
ここまで進むと、ようやく多様性が生かされる社内風土ができあがり、初めて「ダイバーシティ」が「価値」になります。
では、「価値」とは何か。この中身は企業によって異なりますが、当社では、「国際競争力を高めてグローバルに成長する」ことと、「多様化するお客様のニーズに応える付加価値の高いサービスを提供する」ことの、2つを挙げています。
自発的な活動を促す風土
中島 次に、多様性の管理について見ていきましょう。多様性の管理には、主に2つの段階があると言われます。まず積極登用、アファーマティブ・アクション(AA)です。例えば海外の一部の大学では、全入学者のうち一定の割合を有色人種にするなどの措置を採用しています。2020年までに管理職の30%を女性にするという政府の目標も、AAに近いものかもしれません。
もう1つは、イコール・エンプロイメント・オポチュニティ(EEO)。雇用機会均等という意味で、就職や昇進の時に差別してはいけないということです。企業内での多様性管理のゴールは、主にこのEEOにフォーカスされ、EEOに至るための手段としてAAが必要であると言われます。ところがこれを実現するためには、東さんのお話にあったように、違いに気づいて理解し、行動をとっていく企業風土の管理をしていかなくてはなりません。
以上の整理に基づき、同社の組織風土変革や、企業の力を高めるための動きについてお聞きしましょう。
東 野村證券のD&Iのユニークなところは、“社員ネットワーク”に集約されています。社員ネットワークとは、もともとはリーマンブラザーズで活動していた社員のボランティアで運営する組織です。これまで野村證券のD&Iは、このネットワークがリードしてきました。
ネットワークは3つのテーマに分かれており(図1)、1つは女性の活躍推進を行う「ウーマン・イン・ノムラ」、健康・育児・介護をテーマにワークライフマネジメントを推進する「ライフ&ファミリー」、そして文化や世代を超えたコミュニケーションや性的マイノリティー(LGBT)の方への理解を進める「マルチカルチャー・バリュー」があります。
社員ネットワークの最大の特長は、草の根活動がベースになっていることです。基本的には業務外の時間を使って、社員が自主的にテーマを選び、各ネットワークの年間予算内で自由に活動をするという形をとっており、人材開発部は事務局に徹して後方支援をしています。
この草の根活動を徹底することで、人材開発部が主導するのではなく、自発的に現場から課題が上がってくるような構造ができています。
参加しやすい環境づくり
東 それぞれのネットワークが自由に活動できるよう、人材開発部では他にもさまざまな仕組みをつくっています。例えば、ネットワークごとに2名の役員がスポンサーになり、ボランティアで支援をしています。役員には、イベント開催時の開会挨拶や応援メッセージの発信などをお願いしています。また、運営体制や役割を明確にし、各々の経験や能力、時間の余裕などに合わせて役割を選んでもらうようにしています(図2)。運営メンバーの負担を軽減できる環境づくりをしているのです。
同時に、新たに運営メンバーへの参加を希望する人には、参加するメリットを明示しています。例えば、社内でさまざまな部門や年次の人との人脈を広げられること。また、日頃社内外で得られる情報から問題を発見し、解決方法をとことん話し合うという経験を重ねることで、問題発見・課題解決のスキルが身につくことが挙げられます。さらに、イベントの司会やパネルディスカッションのモデレーターの経験を通じ、プレゼンスキルやファシリテーションスキルといった、ビジネスにも好影響を与えるさまざまなスキルを磨くことができるのです。
こうしたメリットを明示することは、メンバー本人の意欲を上げるだけでなく、メンバーの上司の理解を得るためにも役立ちます。自分の部下が会社にどう貢献し、活動を通じて何を身につけ、どういったメリットがあるのか。それを上司に理解してもらうことで、メンバーが参加しやすい環境になるのです。
そのため、期末評定の時期には人材開発部の担当者がメンバーの上司のもとに直接伺い、活動内容の説明や協力へのお礼、今後の支援のお願いなどを伝えています。