人材教育最前線 プロフェッショナル編 自分のキャリアと組織への オーナーシップ意識を育てる
真のグローバル企業として、グループ全体で整合性のとれたガバナンスと戦略遂行を追求するブリヂストン。
人事においては、採用や教育、評価、賃金などを司るセクションが組織の枠を越えて連携し、あらゆる制度がトータルで社員の成長を促す仕組みづくりを課題としている。その旗振り役がグローバル人材開発部 部長の江渕泰久氏だ。「一皮むけた経験だった」と振り返る営業や海外工場立ち上げの仕事。そこから学んだ“オーナーシップ”をキーワードに、新たな施策を展開中だ。一人ひとりの自発的な成長を促し、グローバル企業を支える人材を生み出している。
転機は営業への異動
江渕泰久氏の人材育成におけるテーマは、「自分自身の成長」と「担当業務・組織」に対するオーナーシップ(自主性)を持つ人材を増やすことだ。この考えを持つようになった背景には2つの経験がある。
ブリヂストンに入社後、人事部に配属された江渕氏。テクニカルセンターで採用担当になって以来、横浜や那須の工場などで人事労務・総務全般の運営統括まで経験した。10 年にわたり人事の道を歩んでいたが、突然転機が訪れた。異なる職能を経験させるローテーション制度により、電子部品の法人営業担当となったのだ。当時、人事から営業への異動はかなり珍しいものだった。
同社の事業は8割をタイヤ、2割をゴム、ウレタンなどを原料としたノンタイヤ製品が占めている。江渕氏が配属されたのはプリンタ用の部品を製造するノンタイヤの部門で、当時の同社の中では新規ビジネスに近い事業内容だった。その中で営業は、生産や品質、開発などを全て取りまとめながら事業を軌道に乗せていくという役割を担っていた。
「人事としてようやく一人前になったかなという頃に突然、専門用語も仕事の進め方も違う環境に置かれ、まさにゼロからの再スタートでした」
とはいえ、入社10 年目と言えば、実務も身につき、一番脂が乗っている年代。周囲はオペレーションのコアメンバーと見なし、営業知識を持っていることを前提に話をする。「仕事ができないと思われるのは悔しい」と、江渕氏は人事部時代の人脈を生かして情報を得るなどし、一人でこっそり勉強を重ねた。
日々奮闘するうち、「自分がこの事業を支えるんだ」という強い想いが湧きあがってきた。大きな案件を受注すれば工場の監督者に挨拶に行き、頻繁に足を運んでは、納期に間に合う生産を確保するために関係性を築いた。そうやって営業としての役割を越え、事業の成長を実現していった。
「組織が大きくなって分業化していくと、『自分の仕事の範囲はここからここまで』と思ってしまうものですが、その枠を一歩越えて行動することで、事業が大きくなっていくのを実感したのです。この組織のオーナーは自分なんだ、自分が支えているんだという気持ちを持てばいい仕事になるし、自分の成長が会社の成長につながるのだと感じました」
海外での新工場立ち上げ
オーナーシップの重要性に気づいたもう1つの経験が、ハンガリー新工場の立ち上げだった。営業への異動から7年後、ようやく仕事が回せるようになったと感じていた頃に、ハンガリー行きを命じられ、立ち上げメンバーとして人事労務の準備の一切を任されることになった。
「人事労務から離れて7年。ややスキルが錆びついていたこともあるかもしれませんが、何もかも自分で準備せねばならず、苦労しました。仮事務所探しに始まり、賃金制度や就業規則をつくり、人を採用し、訓練するところまで、あらゆる事業運営の整備に奔走しました。事務所のIT関連の契約が翌日に迫る中、山のような英語の説明書を前にひとり途方に暮れたこともあります」
自分の資質が問われた経験だった、と江渕氏は振り返る。視野の狭さ、さまざまな業務に同時並行で対応する力の弱さを痛感した。
「先の予定が見えてから自分を磨くのでは遅い。日頃から学んでいなければいざという時、最前線で戦えないことを肌で知ったのです」