第31回 心通わせる自然体のおもてなしとは 人が育つ“学び舎のような温泉宿”の秘密 検証現場『湯河原温泉 料亭小宿ふかざわ』 鎌倉久美氏 料亭小宿ふかざわ 女将 他|中原 淳氏 東京大学 大学総合教育研究センター 准教授
神奈川県湯河原にある料亭小宿ふかざわは、2012、2013年版のミシュランガイドにも掲載された宿。創業何百年の老舗旅館というわけでも、素晴らしい庭園が広がっているわけでもないのですが、スタッフの心のこもった「おもてなし」が多くのリピート客を呼んでいると評判です。ふかざわの「おもてなし」の秘密を探ります。
「人が育つ温泉旅館があるらしい」との噂!?を聞きつけ、やって来たのは湯河原駅から徒歩5 分の街中にある料亭小宿「ふかざわ」です。玄関から足を踏み入れると、女将の深澤里奈子さん他、スタッフの方々が笑顔で出迎えてくださいました。館内は隅々まできちんと手入れされており、心が伝わる手書きの筆文字の案内や折り紙でつくられた作品が飾られているなど、アットホームで温かい雰囲気です。
ふかざわは、わずか10室の小さな宿ながら、部屋稼働率は90%以上、土日はほぼ満室状態という人気ぶり。ミシュランガイドには「よい思い出をつくりリフレッシュしてもらいたいと、女将を筆頭にチームふかざわが温かくもてなしてくれる」とあるのですが、深澤さんは「実は私は女将として表に出て接客していないのです」とのこと。「ミシュランガイドの方は、スタッフの誰かを女将と間違えたのかもしれません。それほどスタッフが育っているということですよね」と嬉しそうに話します。
ふかざわの「おもてなし」を支えているのは年配のベテラン層ではありません。現在、ふかざわで働くスタッフは22名。そのうち、深澤さんを含む3 名以外は20 代~ 30 代前半だといいます。ミシュランガイドも絶賛する「ふかざわのおもてなし」とはいったいどのようなものなのでしょうか。そして、それを支える若手はどのように育っているのでしょうか。
自分の心で感じて動く
深澤さんによると、ふかざわの「おもてなし」の定義は「裏も表もないぐらい自然体で人と感じ合うこと」。「表面的、形式的な接客ではなく自然な笑顔で、家族のようにお客様をお迎えしたいと考えています。ですので、むしろ普通の旅館よりフレンドリーかもしれません」と女将の深澤さん。
「マニュアル通りのおもてなしは、ともすれば形式的になってしまい、心が伝わりづらい場合もあるでしょう。“やり方”よりも“在り方”。まずスタッフ自身が自然体でいれば、お客様の本当の気持ちを感じられるようになるのでは。そうすれば、自然に“こうして差し上げたいな”と感じることと、相手が“こうしてほしいな”と感じていることがピッタリ合ってきたりするのです。人と人として目の前の相手と向き合い、誠実さを表現することがおもてなしの原点なのではないでしょうか」
そのうえで、もし不具合があったら、もう一度原点に立ち戻って考え、やり直してみる。それを繰り返すことで人が育っていくと、深澤さんは考えています。
「ミスやクレームは物事に向き合い、自分の誠実さを見つめ直す絶好のチャンス。何か起きた時は、『お陰で学ぶことができてよかったね』と伝えています」
スタッフの1人、鎌倉久美さんは「以前、大きな旅館で働いた時は部署ごとに役割が決まっていました。自分が気づいて『お客様にして差し上げたい』と思ったことも、いちいち担当部門に確認が必要で、なかなか実現できないのが残念でした」と言います。「その点、ふかざわでは、『こうして差し上げたい』と自分の心で感じたまま、自分の判断で行動し、お客様を喜ばせることができます。サプライズでお誕生日や還暦をお祝いし、お客様が喜んでくださった時などは、こちらも本当に嬉しくなります」と話します。
自分が感じたまま、自然体の接客を心がけているため、相手によっておもてなしの形は変わります。
あまり多くを語らないお客様に対しては、それを察してあまり立ち入らないよう配慮します。一方、常連客のご婦人から「一緒に観光へ行きましょう」と誘われた時は、スタッフも家族の一員のように一緒に観光したこともあるそうです。どうやら、スタッフ一人ひとりが、主体的にお客様と関わり、行動することが、心の通った「自然体のおもてなし」につながっているようです。