TOPIC 第18回 日本産業精神保健学会レポート 「希望のない社会」で健康を生成し 人の成長を支援していくには
2011年7月1日~2日、「健康生成のできる社会を夢見て~未成熟社会における成長支援の方法」というテーマで行われた第18回目の「日本産業精神保健学会」(於:東京都内)。精神科医、産業医等々の産業保健スタッフに加え、企業の人事労務担当者、弁護士や社会保険労務士といった、メンタルヘルスにかかわる専門家の集まる学会である。「なぜこのようなストレス社会においても元気で働き続けられる人がいるのか?」という健康生成論、また未成熟社会への「成長支援」という新たな立場でメンタルヘルスを捉えるものだ。本稿ではその一部のエッセンスを紹介したい。
未成熟社会における「成長支援」を打ち出す
日本産業精神保健学会は、今年で18回目を迎える。産業保健スタッフや企業の人事労務担当者、弁護士などが集まるこの学会のメインテーマは、「健康生成のできる社会を夢見て~未成熟社会における成長支援の方法」。その主旨は、メンタルヘルスを「なぜうつ病になるのか?」といった疾病原因論のみにとらわれることなく、「なぜこのようなストレス社会においても元気で働き続けられる人がいるのか?」という健康生成論の立場から見つめ直そうというものである。病気の原因解明や治療を受け身の立場=ネガティブ・メンタルヘルスとするならば、予防と成長支援を積極的な立場=ポジティブ・メンタルヘルスと対比できる。また、昨今のメンタルヘルス問題は、未成熟社会における人格成熟の遅れがその背景にあると捉え、従来の薬物療法、自宅療養、リワークなどの治療的関わりに「成長支援」という新たなソリューションを加え、さまざまな提案をしようという意欲的な取り組み姿勢がある。プログラムは盛りだくさんで、3会場に分かれて同時に実施された。その形式や方法は、図表の8つである。本稿では当日のエッセンスを紹介したい。
まず、大会長講演において松崎一葉氏は、「未成熟社会における成長支援の方法」について語った。「未熟型うつ病」という新型のうつ病が昨今問題になっているように、産業保健分野において「未成熟」という言葉は、日常生活や自分の趣味には熱心に取り組めるのに、会社にはうまく適応できない若者に対して使われることが多い。松崎氏も精神科産業医をしている現場で、「何となく仕事に行く気がしない」「職場のことを思い出すと頭が痛くなる」などと訴え出社できなくなる20歳代から30歳代の若者によく遭遇するという。当然、上司や人事労務担当者などからは、「病気なのか」「サボリじゃないか」といった声が出るが、社会医学の立場で考えれば「薬を飲んで十分休養すれば治癒するものが病気だとするのであれば、彼らは病気ではないかもしれないが、社会で彼らの有する能力が十分に発揮できていない状況は、病気と呼んだほうがよいかもしれない」(松崎氏)。うつ病などの精神科の疾病については、個体(個人)側要因と環境側要因が通常、複雑に絡み合っている。職場環境に問題があったとしても、その職場に属する全員がうつ状態や適応障害になるわけではない。個々人の脆弱性もある。「個体側要因と職場環境要因の絡み合う中で、どの辺りに不調者本人が位置しているのかをきちんと見立てることが大切」と松崎氏。一方、人事労務担当者も同様の見極めが必要であり、本人が休職している間に職場環境を改善することも考えねばならない。衛生管理者や産業医をはじめとする産業保健スタッフも、職場環境へのアプローチをしていくべきであるという。ところが、現実には「休職させてやるから、早く治して復帰しろ」と本人にプレッシャーをかけるだけの対応が多い。そもそも、職場復帰というエンドポイント(ゴール)についての考え方と、そのためのナレッジマネジメントが共有されていない点に問題があると松崎氏は指摘する。主治医は精神症状の寛解(好転)と安定をエンドポイントにすることが多いが、産業医は職場での安定的適応をめざす。だが、「安定的適応だけでなく、本人にさらなるストレス耐性を獲得させて、強靭な精神を持てるようにし、成長を支援することをエンドポイントにすべき」(松崎氏)なのだ。日本企業の中では「敗者復活は難しい」といわれ続けてきた。一度、“失敗”――ドロップアウトするとなかなかメインストリームに戻れない。「うつ病による休職」といった、いわば失敗を挽回するのは難しい。しかし松崎氏は、個人の成長も組織の発展も、失敗との付き合い方で大きく異なることを挙げ、今後は社会全体で失敗を次に活かすことを考えるべきであると提言した。
島津 明人 氏(東京大学 大学院医学系研究科 准教授)は「健康生成」に関連して、「ワーク・エンゲイジメントとポジティブ・メンタルヘルス」と題する講演を行った。メンタルヘルスに「ポジティブ」とつけた狙いは、職場で不調な人をいかに支えるかだけでなく、「元気な人も含めて職場の健康度をいかに底上げするか」に着目したいからだという。「ワーク・エンゲイジメント」を提唱したのは、島津氏が2005年から師事したユトレヒト大学のシャウフェリ教授。シャウフェリ氏は「バーンアウト」(燃え尽き症候群)の研究で高名だが、たまたま休暇でスペインのバレンシアを訪れた際、当地の海岸でこの新しい研究テーマにつながるインスピレーションを得たそうだ。