第30回 「背中を見て育て」から「動画を見て育て」へ!? モデリングで学ぶ若き左官職人たち 原田宗亮氏 原田左官工業所 代表取締役社長 他|中原 淳氏 東京大学 大学総合教育研究センター 准教授
鏝(こて)1本で建物の壁を美しく塗って仕上げる左官職人。
柔らかい壁の材料をきれいに塗りつけていく技術もさることながら、素材も仕上げ方も多様で、水加減など感覚的な部分も多いこの職人技を、若い職人たちはどのようにして学んでいるのでしょうか。
多くの若い職人たちを育てる原田左官工業所を訪ねました。
左官とは、鏝(こて)という道具を使って建物の壁などを塗り、仕上げる仕事です。伝統的な日本家屋を建てる時には、骨組みは大工、壁は左官と、家づくりには欠かせない職業でした。
ところが、建築業が近代化する中で、納期短縮のため、壁のパネル化、ユニット化が進み、左官の仕事は激減。戦後の最盛期は30万人いたと言われる左官職人も現在は5万人程度、60 代が中心だといいます。
そんな中、約60人の職人を抱える原田左官工業所では、左官職人の育成に取り組んでおり、多くの20 代、30 代の職人、さらには左官の世界では珍しい女性職人たちが育っています。
一人前になるまで、最低10 年はかかるという厳しい左官職人の道。以前は、途中で辞めてしまう人も多かったそうですが、原田左官では、ある方法を導入したことで、定着率が劇的に上がったそうです。その方法とはどのようなものなのでしょうか。原田左官(以下、原田左官)の原田宗亮(むねあき)代表取締役社長にお話を伺いました。
「鏝を持たせない」育成法!?
東京、西日暮里にある原田左官は、1949 年創業。各種左官仕事だけでなく、防水、ブロック積み(組積)、タイル張りなど左官周りの仕事も一式で請け負う左官工事専門の会社です。
原田さんによると、一般的な左官職人の育成は、「かっこよく言えばOJT、要するに現場で実践で技術を学んでいく、という形です」。とはいえ、入ったばかりの新人には、「塗らせない」「鏝を持たせない」が基本ルール。まずは材料を混ぜる、現場が汚れないよう養生をするなど、先輩について工事の下準備を覚えるところから修業が始まります。下準備を一通り覚えたところで、初めて鏝を持ち、後は見よう見まねで、下塗りなどを少しずつやらせてもらいながら仕事を覚えていきます。「塗る作業自体は、半年もすればできるようになりますが、どんな材料を使っても、乾いた後、ひび割れたり、浮いたり、剥がれたりしないできれいに塗れるようになるには、やはり数年はかかります」
一言で左官といっても、壁、天井、床など、塗る場所もさまざまで、モルタル、珪藻土(けいそうど)、漆喰など材料にも多くの種類があります。仕上げ方も横筋を入れたものや石を埋め込むもの、ぴかぴかに磨き上げるものなどいろいろ。こうした多様な技術を身につけるにはやはり「最低10 年」はかかるといいます。
原田左官も以前は、先輩について手伝いをしながら学んでいくOJT方式で、若手の育成を行っていました。しかし、「職人は自分で仕事を覚えるもの」と放置されていたため、すぐに覚える人もいる一方、何年経っても覚えられない人もいて、成長度合いにばらつきがありました。また、辞める人も多く、5人採用しても残るのは1人か2人程度だったそうです。