Special Interview 「考える力」の低下は、国の存亡に関わる
「考える」という言葉は頻繁に使われるが、その正体は何か?
物質と情報が豊富な現代人は、ほとんど考えていないという外山氏に、考えることの本質、そして、どうしたら考える力を伸ばすことができるかを聞いた。
誰もが「考える」という言葉を気軽に使っているが、その正体について深く考えている人はあまりいないし、学校でも考える力を育てる教育は、ほとんど行われていない。学習の対象は、社会において役立つとされている「読み・書き・算術」であり、その知識を覚えることが何よりも奨励される。テストでは「どのくらい覚えているか」がチェックされ、よく覚えていれば頭がいいという評価になる。記憶中心である。
考えることが軽んじられる理由
ではなぜ「考えること」が軽んじられているのか?本来、考える力というのは「難局に直面した」「越えられない壁がある」「解決すべき問題が起きた」といった危機的状況に立たされた時、そこから脱出するために発揮する力である。つまり、平穏な毎日を送っている限り、ほとんど必要とされないのだ。
現代社会は物質的に非常に恵まれているので、昔の人のように真剣にものを考えたり、努力したりすることが少なくなっている。必要がないのだから当然のことだ。必死にならなくても、特に不自由なく生きていけるという状況は、社会的にみれば進歩であろうが、個人の発達や成長という意味では後退であり、人間力の低下につながる。もし人間力の低下が集団的に起こると、その民族は滅びる可能性すらある。かつて繁栄したいくつもの大帝国が滅亡したのは、暮らしやすい環境になって自活する力が低下し、他国との競争に負けたのが原因だ。今後の日本だって、そうならないという保証はない。
ただ幸いなことに、ここ10年ほど日本社会は行き詰まっており、ことに近年の経済不況で、この国の環境はかなり逆境に近くなっている。日本人にとって、今こそ考えるチャンスだといえるだろう。