Special Interview 阿刀田高はこう書く
プロフェッショナルが書くものは、長年にわたり生き続ける。それは、文章を書き散らさず、勇気と責任を持って書いているからだと、日本を代表する小説家の1人である阿刀田高氏はいう。どのように言葉を紡いでいるのか、そして文章を書く際のヒントを阿刀田氏に聞いた。
考えずに書き続ければ人間まで薄っぺらになる
原稿は使い慣れた銘柄の鉛筆で、原稿用紙に手書き。書斎に置いてあるパソコンを開くのは、せいぜい週に一度くらい。ITの世界に関していえば、私は絶滅寸前のトキのような存在だろう。
IT機器は今後さらに便利になる。どんなものでも、便利になっていく過程で、捨ててしまうものが必ずあるわけだが、私はその中に非常に重要なものがあるような気がしてならない。投資家がリスクの大きい株と安定した株でバランスをとるように、ITによる利便性を手に入れたいなら、その一方でそのために失ってしまうものを、きちんと押さえるような手立てが必要だ。
そのためにも、学校教育の現場ではこれからもずっと手書きを残して欲しい、というのが私の持論だ。きちんと手で書くことを通して、日本語がどういうシステムになっているのかといったことを、問わず語りに伝えていくことが、とても大切だと思う。
一方、ビジネスの世界は、もはや手書きの時代へ後戻りはできない。それならば一層、パソコンなどのIT機器を使って便利に書くことによってこぼれ落ちていくものに、配慮しなければならない。
何より心がけたいのは、熟慮してから書くということ。パソコンだと、とりあえず打ってしまい、あとで整理しようと考える傾向が強い。ところが自分の文章というのは、いったん書いてしまうとそれなりによく書けているような気がするもの。そうなると、十分な推敲ができなくなってしまう。
たとえば私がエッセーを書く場合、まずは書く内容に思いを巡らせ、だいたいの方向性が見えたら散歩に出る。1時間ほど歩いて帰ってきた時には、頭の中でエッセー1本が、文章まで含めてほとんど出来上がっている。あとはそれを原稿用紙に書くだけだ。
このように事前に考え抜き、ひとたび机に向かったら決定稿に近い文章を書く最大の理由は、実は手で書くという作業が辛いから。その点パソコンでは、文字を打つこと自体は楽なので、深く考えずに書いてしまいがちだ。しかし意図的に、考えてから書かないと、書くものが薄っぺらになる。それを繰り返していると、やがては人間まで薄っぺらになってしまうのではないか。