KEYWORD 1 ニューロマネジメント
近年、Googleがリーダーシップ研修に取り入れるなど、「脳科学」の知見を具体的に人材開発やマネジメントに活かす動きが出てきている。
それらは「ニューロマネジメント」と呼ばれるが、日本企業もただそれを真似すればいい、というわけではない。
日本人には日本人向けの脳科学の活かし方がある。
そこで、マネジメントに活かせる脳科学の研究にはどういうものがあり、日本企業が職場やビジネスにおいて取り入れる際に気をつけるべきことなどについて提示したい。
脳を知らずして人事はできない
「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である」※1 ── ダーウィンが言ったとされているこの名言の「者」を、「組織」に置き換えれば、「唯一生き残るのは、変化できる組織である」となる。確かに組織は人の集合体であるがゆえに、構成員である個々人が全く変わらなければ、生き残るのは難しいかもしれない。しかし、強制的に個人を変えることに依存した組織改革には無理がある。
個々人が変化すること自体も、そう簡単ではない。なぜならば、人の脳には「現状維持バイアス」という機能があり、慣れ親しんだ現状を是とし、新たな変化を妨げるように動作するからである。
この現状維持バイアス機能のように、脳は人の司令塔としてさまざまな機能を持ち、働く。よって、人を動かすために人を知ろうとすれば、その脳や心を知ることが極めて重要である。誤解を恐れずに言えば、「脳を知らずして人事はできない」と言っても過言ではないのである。
しかし残念ながら、日本ではまだ人事部門に心理学や脳科学を専攻し、博士号を持っている脳の専門家はあまりいない。他方、欧米では脳科学の産業応用が進んでおり、人材開発や組織マネジメントの分野では「ニューロマネジメント」と呼ばれる脳科学の知見を経営に活用する研究が進んでいる。その成果は実用化され出しているので、日本企業でもぜひ参考にしてほしい。本稿ではそのいくつかの具体例と可能性を示す。
男女によって異なる脳の特性
まず、ダイバーシティマネジメントの中で、特に日本で最近よく話題になる「男女差」について、脳の観点から見てみよう。
脳の重さは成人男性で1.35~1.4kg、女性で1.2~1.25kgであり、体重の約2.5%程度である。男性のほうが1割ほど重いが、重ければいいというわけではない。脳には右脳と左脳をつないでいる脳梁という2 ~ 3 億本におよぶ繊維の束があるが、脳の大きさに比して女性のほうが脳梁の断面積の比率は大きい。高次の言語処理を行う際に、男性はほとんど左脳が活発化するが、女性は左右両方の脳が活発化するケースが多く、左右両方の脳を効率的に使っているのではないかとも言われている。
また、最新の脳科学研究で、音声言語の知覚から、具体的な運動(発話など)へ変換されるのも、女性の場合、左右両側の脳半球で起こることが発見されている。一般的に女性のほうが男性よりコミュニケーション能力が高いと言われるが、これらの脳に関する差異のためかどうかは科学的には立証されていない。しかし、十分考えられることである。
そのことを示す、2010 年に米国カーネギーメロン大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者らによって行われたグループインテリジェンス(集合知)に関する行動実験がある※2。
18 ~ 60 歳の男女699人について、個人のIQを計測しておき、2 ~ 5人で構成される192のチームに分けてグループのインテリジェンスを調査したところ、以下①~③の結果が出た。
この実験では、なぜそうなったかまでの科学的言及はなされていないが、女性と男性の違いが大きく影響していることは立証されている。その他、男性と女性で脳の形状や部位の大きさ、脳内化学物質の量等が異なることがすでにわかっている。
例えば、代表的な脳内化学物質である「テストステロン」と「オキシトシン」を見てみよう(図1)。テストステロンは競争・暴力・攻撃を司る物質であり、男性のほうが女性の10 倍多く持つという※3。こんな物質はないほうがいいと思う人もいるかもしれないが、この脳内化学物質を持つから、人は狩猟をして肉を食べ、種として生存してきているのだ。
一方、オキシトシンは幸せホルモンや共感ホルモンと言われ、この物質が分泌されると人は、他人に対する信頼感や共感を高めるということがわかっている。もちろん個人差はあるが、女性のほうが高レベルで分泌させていることもすでに研究で明らかになっている。
女性のほうが一般的に男性に比べ共感力が高いように思われるのは、この脳内物質の分泌量の違いであり、先の実験において女性の存在によりグループインテリジェンスが高まるのも、この影響かもしれない。