第13回 オープンキッチンが“学び”の舞台に 若い料理人が育つ日本料理店 日本料理店「六雁」 榎園豊治氏 六雁 ディレクター|中原 淳氏 東京大学 大学総合教育研究センター 准教授
銀座の「六雁」は連日満席が続く人気の日本料理店。旬の野菜を名物とした独創的な日本料理のコースは一品一品が目にも鮮やかで、まるでアートのよう。若い料理人たちが、きびきびと立ち働く姿が印象的なこの店のコンセプトは「人材育成」。人が育つ日本料理店の秘密に迫ります。
オープンキッチンの日本料理店
銀座・並木通りに店を構える「六雁」。店内に入ってまず目に飛び込んでくるのは、広々としたキッチンとそれに続く重厚な一枚板の大テーブル。そう、この店は日本料理店には珍しいオープンキッチンなのです。
清々しく整えられたキッチンで手を動かすのは若き料理人たち。なんとこの店に働く料理人、ホールスタッフ16名の平均年齢は26歳。料理長を務める秋山さんも若干37歳というから驚きです。
実はこの店のコンセプトは「人材育成」。今回は、世にも珍しい「人を育てる料理店」について、「六雁」のディレクター榎園豊治さんに伺いました。
新人はあひる?伝統的な料理人の育成
「六雁」を立ち上げ、現在は店全体を見守る榎園さんは、関西の名門料亭の料理長を歴任するなど華々しい経歴を持つ料理人です。「六雁」がオープンしたのは2004年。事業コンセプトを「人材育成」としたのは、「伝統的な料理人の世界にいた私が、人生の折り返し地点に差しかかり、今までにない新しいやり方で、日本料理の職人を育てたいと感じたからです」。
榎園さんが和食の世界に入ったのは大学を卒業した22歳の時。「和食の世界で世界一になる」と、密かな野望を抱いて関西の料亭に見習いとして入るも、そこは強烈な縦社会でした。「見習いはいわれたことを何でもする雑用係。『坊主、あひる、追い回し』などと呼ばれ、まず人間扱いされません」
榎園さんによると、料理人は、地域や店による違いはありますが、一般的に、①見習い(皿洗い・掃除・雑用)②盛り付け・野菜の下処理③魚の下処理④焼き物⑤揚げ物⑥向板(花板の補助)⑦煮方(炊き物)⑧立板(副料理長)⑨花板(料理長)という流れで修行が進みます。
一通りの技術が身につくまで、10年はかかるとのことですが、一般的には、1つの店に勤めるのではなく、師匠から「修行してこい」と別の店に送り込まれ、数年ごとにさまざまな店で経験を積みます。「伝統的な料理界では、師匠に弟子が連なり、巨大な職業集団を形成していました。その上層部に『入れ方』と呼ばれる人たちがいて、弟子たちをあちこちに采配していたのです」
教え方はスパルタ方式。「理不尽なことは山のようにありました。理由など聞いても教えてくれません。『黙ってやれ』と拳骨が飛んでくるだけです」。厳しい修行の毎日でしたが、料理に関して、古今東西の献立・レシピ、調理理論・科学・哲学、歴史・文化、器など万巻の書を古典にさかのぼり読破し、技術と共に知識を身につけることで頭角を現し、料理長まで登りつめます。
その後、いくつかの有名料亭の料理長を務め、「料理だけでなく経営も学びたい」と、勢いのあった外食ベンチャー経営者と共に、経営にも挑戦。チェーン店を立ち上げるなどして関東に進出。成功を収めますが、拡大路線に転じた経営者側に疑問を感じ、衝突。職を失ってしまいます。