Opinion① 人と組織がイキイキする「 ポジティブ・メンタルヘルスケア」
企業におけるメンタルヘルスケアは、これまで基本的に経営と切り離された形で行われてきた。しかし、組織としての総力をより高めていくには、不調への対処・予防だけでは十分ではない。その時に鍵となるのが、働く一人ひとりのワーク・エンゲイジメントを高めることである。今後ますます重視されるメンタルヘルスケアのあり方について、多くの企業でメンタルヘルスケア施策にかかわり、ワーク・エンゲイジメントに関して検証してきた東京大学大学院の島津明人氏が語る。
マイナスからゼロではなくゼロからプラスの対策へ
従来、企業におけるメンタルヘルスケアは、不調者に対してどうケアをし、いかに不調者を出さないかということに主眼が置かれていた。マイナスからゼロにし、ゼロの状態を保つ対策だ。もちろんこうした不調者のケアと未然予防は欠かせない。しかし私は、これからはより強みを高めるポジティブな対策、いわばゼロからプラスにするメンタルヘルスケアにも着目すべきだと考えている。
これには、企業と個人の両側面から理由が挙げられる。経営環境の変化のスピードが非常に速い中、企業の重要課題はいかに個人のパフォーマンスを引き出し、全体の生産性を高めるかだ。そのため経営の仕組みやシステムなどのハード面ではさまざまな工夫がされてきた。一方でソフト面についてはまだ介入の余地があり、その1つがメンタルヘルスケア。社員の心の健康が、組織の生産性向上につながるのである。
そして働く個人としても、このような厳しい状況下では自らエンプロイアビリティ(雇用され得る能力)を高めなくてはならない。その際スキルや能力と同様に重要なのが、心身の健康をいかに保つかということだ。普段見過ごされがちだが、当然ながら心身が健康でない限り、生産性は向上しない。
これらの状況を鑑みれば、組織にとっても個人にとっても、より積極的な“攻め”のメンタルヘルスケアが必要だといえる。
ゼロからプラスにするメンタルヘルスケアの鍵となるのが、オランダ・ユトレヒト大学のウィルマー・シャウフェリ教授が提唱した「ワーク・エンゲイジメント」という概念である。
ワーク・エンゲイジメントとは、1.仕事に誇り(やりがい)を感じ2.仕事に熱心に取り組み3.仕事から活力を得て
生き生きしている状態のことをいう。
これと対極の状態が、バーンアウト(燃え尽き症候群)だ。仕事に一生懸命取り組んでいたものの、心身ともに疲弊しきってしまい、意欲がなくなる状態をいう。シャウフェリ教授はもともとこのバーンアウトの研究をしていたが、ネガティブなバーンアウトだけではなく、働くこと自体からもたらされるポジティブな情動に着目する必要があると考えた。そこで、一部の人間ではなく、働く人全体の幸せを底上げするための概念として、ワーク・エンゲイジメントを提唱したのである。