第19回 650年続く古典演劇を支える育成システム 伝統を受け継ぐ能楽師の学び 長山桂三氏 能楽師|中原 淳氏 東京大学 大学総合教育研究センター 准教授
「初心忘るべからず」日本人なら誰もが知るこの言葉は、世阿弥が伝書「花鏡」に著したものです。世阿弥の時代から絶えることなく受け継がれ、現存する世界最古の古典演劇といわれている「能」は、数百年もの間、いったいどのようにして伝承されてきたのでしょうか。能楽師の方にお話を伺いました。
「能は、舞と謡と囃子の融合した演劇。一言でいうと室町時代にできたミュージカルです」と話すのは観世流シテ方の能楽師として数多くの舞台に出演する長山桂三さんです。
日本を代表する伝統芸能の1つである「能」。その原型は、室町時代に、観阿弥、世阿弥親子によって確立されました。その後、約650年もの間、少しずつ形を変えながらも能は代々、能楽(能・狂言)を職業とする能楽師の家で親から子へ子から孫へと世襲によって伝承されていきました。
現在では、誰もが能楽師をめざすことができますが、今も「家の子」として生まれ、幼い頃から師匠である父から能の手ほどきを受ける伝統的な育成方法で育つ能楽師も数多くいます。
能は詞章を記した謡本はあるものの、謡い方や舞など多くは口承で伝えられています。脈々と受け継がれる伝統芸能はどのように伝えられているのでしょうか。長山さんにお話を伺いました。
年間100公演以上!多忙な能楽師の仕事
長山さんは「シテ方」の能楽師です。能の舞台は、能面を着け、主役を演じるシテやコーラス隊のような地謡、舞台進行を助ける後こうけん見など、舞台演出を中心となって行うシテ方、主役の相手役であるワキを演じるワキ方、狂言を演じる狂言方、それに鼓や笛、太鼓などを演奏する囃はやしかた子方によって構成されています。能の役者はそれぞれが専門職であり、「僕はシテ方なので、ワキ、狂言を演じることはありません。また、囃子を演奏することもありません」
このため、能では劇団のような一座で同じ演目を何度も上演することはなく、舞台はいつも一度限り。メンバーは公演ごとに集められ、全く同じメンバーで同じ演目を二度演じることはまずありません。能の演目は約250曲あり、このうち毎年のように演じられるものは、100曲ほど。2~3年に一度程度演じられるものが50曲ほどだそうです。