Opinion 1 組織開発とホールシステム・アプローチ
「ワールド・カフェ」や「フューチャーサーチ」「AI」といった手法について聞いたことはあるだろうか。大勢で会議やワークショップを行うそれらの手法の総称が、「ホールシステム・アプローチ」だ。昨今やたらと耳にするようになってきたこれらの手法は組織開発の新しい流れだという。なぜそうした新しい流れが起きてきたのか。また、組織開発とは、何をどうしていくものなのか。組織行動論の実践編として組織開発を重視する、金井壽宏教授に聞いた。
「 組織開発」(OD)という言葉に、どんなイメージをお持ちだろうか。“開発”という言葉から、“部外者が組織の形を無理矢理変えるのが組織開発?”と勘違いされる方がいるかもしれない。しかし、“開発(development)”の元の動詞“develop”は自動詞であり、組織を変えるのはあなたであり、私たちである。
そんな「組織開発」だが、従来は、個人の価値と組織の価値の統合という理想をめざすものであった。しかし、実際には組織的な実行やコミットメントが伴わないきらいがあった。
それは、米国においてビジネスプロセスリエンジニアリング(BPR)やリストラクチャリングといったチェンジ・マネジメント手法に代表されるようなアプローチに、組織開発が押されていた時代のことだ。組織の人間的側面(働く人びとへの配慮や人間関係)よりも、タスクの側面(業務の内容や分業のあり方)での変革が求められた時期に、従来の組織開発は勢いをなくしていた。「組織開発」といいながら、個人・集団レベルでの変革への介入(積極的働きかけ)が多く、なかなか組織全体にかかわるような介入にうまく対応できていなかったのである。
しかし近年の動きとして、組織全体の未来を構想し、さらにコミットメントをも引き出す方法として「ホールシステム・アプローチ」という動きが生じ、支持を得るようになってきた。具体的にはフューチャーサーチ(FS)、オープン・スペース・テクノロジー(OST)、ワールド・カフェ(WC)、アプリーシャティブ・インクワイアリー(AI)等の手法が盛んに使われるようになった。
時代ごとの変革課題に適応するには、タスク面も上手に扱いながら組織開発に取り組まなければ、人間主義的な組織開発の効果も限定されてしまう。しかしより大切なことは、会社全体や特定の部門の将来を全体像として描き(タスク面)、会社のホールシステムを成り立たせている人々自身を巻き込む(人間面)ことによって組織開発を促進することである。ホールシステム・アプローチではまさにこれを、関係者(もしくは関連部署のキーパーソン)全員で行う。そうすることで、将来像を皆で描くため、描かれた像への納得度も高まり、それをぜひ実現したいというモチベーションもコミットメントも高まるのである。
N.R.F.メイヤーという学者の説が、この納得度――意思決定の質と受容について、重要なことを物語る※(1 Maierand Hoff man,1964,1965)。彼が企業で行われている意思決定問題を丹念に調べたところ、以下の4つに分類することができたという。
①決定の質が高く、なおかつメンバーによる受容も重要である問題②決定の質はともかく、それによって大きな影響を被る人たちが、その意思決定を受け入れない限り、解決もしくは改善には向かわない問題③決定の質さえ良ければ、受け入れられなくてもかまわない問題④決定の質も受容度も問われない問題
この中で②が圧倒的に多かったのだ。会社全体にかかわるような意思決定をする場合、いかにして皆の納得度を上げるかが大きな課題となるのである。その意味で、ホールシステム・アプローチには大きな可能性が秘められている。