人材教育最前線 プロフェッショナル編 修羅場を経験すればこそ人は大きく、強くなれる
「イオン」を中心とした総合スーパーを全国に500店舗有するイオンリテール。同社は、流通国内大手のイオングループの中でも最大規模の企業であり、グループを支える存在だ。そうした同社で教育訓練部部長を務めているのが前川浩司氏である。前川氏は、26年の長きにわたり、現場の第一線で活躍してきた。現場で自らを高めてきた前川氏にとって、2006年に舞い込んだ人材開発部門への異動通達は、自他ともに寝耳に水の出来事だったという。現場時代から店長として日常的に人づくりに携わってきた前川氏に、仕事と人づくりへの思いを聞いた。
若手時代に訪れた第一の修羅場体験
「 入社当時の自分を振り返ると、大志を抱いて入社したとはいいにくいですね。今でこそ、低価格で品質の良い商品を提供することで人々の暮らしを豊かにできる、と考えていますが、当時は、むしろチーム=店舗として一丸となって仕事ができるという部分に魅力を感じました。学生の頃から一人でコツコツ努力するよりも、チームでやり遂げることの楽しさを知っていたんです」
そう語るのは、イオンリテール教育訓練部部長の前川浩司氏だ。
国内を代表する流通企業イオングループにおいて、最大規模の企業がイオンリテールである。総合スーパーの「イオン」や小型食品スーパーマーケットの「まいばすけっと」といった店舗に配属されている従業員の多くが同社の社員であることから、同社の教育訓練部といえば、グループの根幹を支える要だ。
そんな重責を担う前川氏が、イオングループの前身であるジャスコに入社したのは1980 年。「理系大学出身ということで、工務店や機械関係の企業からも内定をいただいていたのですが、夜中に黙々と一人で図面を引いている姿がどうしてもイメージできなかった(笑)。そうしたことよりも、人と接する仕事がしたいと考えた時、子どもの頃から休日になると訪れていたジャスコで働いてみたいと思い、入社を決めました」
ジャスコは、1970 年にスーパーチェーン3社の共同出資で設立された。以来、2011年にイオンに名称が統一されるまで40 年以上にわたって、多くの人々に親しまれてきた総合スーパーブランドだ。同社のような総合スーパーは、一箇所で全ての買い物が事足りる、しかも低価格で豊かな品揃えから商品を選べるというように、消費者の買い物のスタイルを一変させた。そうした近代的な生活様式への変化を、前川氏も子どもの頃から肌で感じ取っていたのだ。
自身の性格を“研究熱心”と認める前川氏は、入社早々から、顧客が商品を手に取りたいと思うような売場づくりのために、休日は他店をリサーチ。売場のレイアウトからトラブル対応のマナーに至るまで、お客様目線で他店の様子を研究し、良い事例・悪い事例を職場で共有。メンバー指導にも役立てていたという。「ショッピングセンターに行くことは私にとって休日の楽しみの1つですから、仕事の一貫だ、自己啓発だなどと堅苦しく思うことはなかったですね」
入社2年目、2店舗目の和歌山県海南市で勤務の際、前川氏は所帯を持つが、この時期、価値観や意識を一変させる大きな修羅場が訪れる。第一子が早産で、極小未熟児として誕生したのだ。「医師からは、助からないかもしれないし、たとえ助かったとしても障がいが残るだろうといわれました。親である私にできることは、毎日仕事帰りに、車で片道40 分の病院まで母乳を届けてやることぐらい。苦しい出来事でしたが『俺がしっかりしないでどうする!』という気持ちでした」
職場の仲間からの物心両面の支えもあり、第一子は順調に成長。今では健康で元気そのものだという。「自分の家族の命にかかわるような大きな試練が訪れ、それを乗り越えたことで、仕事で何か起きても動じないようになりました。この経験は、私の人生で初めて訪れた大きな修羅場。この出来事によって、人間として鍛えられたと思います」