企業事例3 日本たばこ産業 M&Aによる海外進出成功の要はマネジメントにあり
国内たばこ市場が明らかな縮小傾向にある中で、果敢に海外企業を買収しながら事業を拡大してきた日本たばこ産業。いまやその地位は世界第3位のグローバルプレーヤーだ。経験豊富な海外のグローバル人財を躊躇なく登用する手法は、日本企業の中では少し異質に映る。その背景にある同社のポリシーから、人財のグローバル化に必要な企業のあり方を探る。
大型M&Aで10倍に増えた海外販売
約120カ国で事業を展開し、売上収益の48%、たばこ販売数量の79%を海外事業で占める日本たばこ産業(以下、JT)は、国内では他に類を見ないほどグローバル化に成功している企業だ。
大きな転機は1999 年、米国RJRナビスコ社の海外たばこ事業(以下、RJRI)の買収である。約78億ドル(=当時のレートで約9400億円)を投じたこの買収により、それまで頭打ちだった海外たばこの販売数量は10倍以上に跳ね上がった。その後も、2007年英国ギャラハー社買収などを通じ、飛躍的な成長を遂げてきた。2012年にもベルギーの大手グリソン社の買収に合意しており、今もなお海外市場における事業拡大を着々と進めている(図表1)。
JTが目覚ましい勢いで海外に飛び出していった背景には、たばこ産業の特徴的な事業環境がある。まずたばこという商品そのものが、グローバルな事業展開が比較的容易であるうえに大量生産のメリットも大きいため、それまでも業界内で積極的にM&Aが行われてきた経緯がある。1985 年に株式会社化したJTも、専売公社時代から“国内企業から国際企業へ”という旗を掲げてグローバル化を推進してきた。RJRI買収当時は巨額の投資を懐疑的な目で見る向きもあったが、JTにとっては必然の出来事であったと、人事部次長 筒井広氏は語る。「国内のたばこ市場が縮小していくことは、早い段階で読めていました。そのため従前から輸出という形で海外展開を進めてきましたが、自前の資産による海外進出は約200億本の販売で伸び悩んだ。何か策を講じなければという局面で実行したRJRIの買収は、当社にとってまさに絶好のタイミングだったといえるでしょう」
もちろん、RJRIが抱えていた世界的なブランドや販売網に、十分な勝算を見出していたことはいうまでもない。「たばこは国内総需要のピークアウトが他の産業より早かったというだけだと思います。国内市場の縮小などによる海外進出は、これから日本の全産業が直面する課題なのではないでしょうか」
目的と方向性のみ共有し「任せる経営」に徹する
“時間を買った”とは、JTによるRJRI買収を評した言葉である。日本の商品や人財を世界各国でローカライズするのではなく、すでにグローバル展開しているパッケージを丸ごと手に入れて活かすことで、世界で戦うための準備期間を大幅にカットしたのである。
買収当時のRJRIは、JTにはない国際的な強みをすでに数多く有していた。「ウィンストン」「キャメル」といったグローバル・ブランド、グローバル経営のノウハウ、グローバルに活躍してきた人財、流通基盤、そして世界第3位という地位。JTはこれらを活かすために最低限必要な目的と方向性だけを共有し、RJRIをベースにJT International(以下、JTI)を設立。海外たばこ事業を一元管理させ、適切なガバナンスのもと「任せる経営」に徹した。「ここに成功の秘訣があるのではないかと思います。RJRIがすでに持っているノウハウから多くを学ぶことができました。そのうえで、互いに力を引き出し、成長していくことができた。
企業買収は、買った企業と買われた企業の単純な利益の足し算ではなく、双方の良いものを学び合うことこそ重要なのです。ですから当社は、やみくもに日本流を押しつけたり、無理に植えつけたりはしませんでした」(筒井氏、以下同)