ここから始める!ポジティブメンタルヘルス 第1回 導入編「メンタルヘルス対策の新潮流」
依然として悩ましい職場のメンタルヘルス問題。“未然防止”が重要になる今、人事部門がどう考え方を見直し、動けばいいかを、すぐ使える具体的なツールも含めて紹介する連載です。
1.はじめに
メンタルヘルスケアへの企業内での対策は、2000年のメンタルヘルス指針が提示されてから進展しています*1。なかでも従業員や管理監督者への教育研修、職場復帰支援、相談対応体制整備は実施率が高くなっています。しかし一方、職場における心の健康問題はなお増加傾向にあり、企業の経営活動にも影響を与えるほどになっています。この課題に対処するためには、上記の基本的な対策を進めていくとともに、その方法と考え方を根本的なところから見直す必要があるのではないでしょうか。たとえば、相談対応体制を整備し、発症のリスクの高い方へ早期にカウンセリングなどを実施することは大切ですが、それのみで不調者の減少を期待することはできません。確かに不安感や疲労感などのストレス反応が高くなればなるほど、メンタルヘルス不調になりやすいわけですが、全体では中程度のストレス反応の人数が多いため、実際に発症するのも、ストレス反応が中程度から少し高いくらいの人からが最も多いのです(図表1)。そのため、不調者の発生を抑制するためには、組織全体を健康な状態に保つアプローチが必要になります。また、教育研修を開催して必要事項を伝えても、その後受講者の普段の行動が変容しなければ、組織の健康度や生産性には効果を持ちません。しかし、研究が進み、科学的根拠がある、と立証された教育方法を実施することが可能になっています。そこで、本連載では、効果のある対策を実施していくための方法を紹介していきます。第一歩としてまず次項からは、考え方の整理のために、これまでのメンタルヘルスの課題と新しい潮流を説明しましょう。
2.リスクマネジメントへの偏重がもたらした課題
我が国ではこの10年余り、過重労働による精神障害や自殺に関する民事訴訟や労働災害を未然に防止し、これによる企業の社会的評価の低下、経営的損失を回避しようとする法的・行政的リスクのマネジメントが推進されてきました。しかし、この結果、メンタルヘルス対策では、企業がいかにリスクになる行動を取らないかということが強調されるようになりました。たとえば、休業中の従業員には企業は連絡を取らないほうがリスクが少ないといわれるように、本来なら従業員に対してなされるべき対応さえ手控えられる傾向が出てきています。これは従業員、企業双方にとってむしろ不利益になります。また、メンタルヘルス対策の主眼が長時間労働の削減や制限に向けられる傾向も、企業側の考えから出てきたものです。現在ある科学的根拠を見る限りでは、うつ病の予防において労働時間の制限はそれほどの効果を持ちません。一方で、労働時間以外の、たとえば職場の人間関係のような、より重要な職場のストレス要因への対策は軽視されてきました。