論壇 海外人材マネジメントのポイントとM&A後の統合事例への応用
海外事業成功の鍵は、優秀なローカル人材の意欲を引き出し定着させることにかかっており、そのための第一ステップは、現地の人材を知ることである。主要なローカルスタッフへのインタビュー等を通じたコミュニケーションの重要性は強調してもし過ぎることはない。言語や文化の異なる地では、国内と同じような「暗黙知」の世界でスキル・ノウハウを伝承していくことは難しく、方針・制度・スキル等をできる限り「形式知」化して移転することが重要である。本稿では、海外人材マネジメントの具体的方法とノウハウを、M& A後の人事制度・企業文化の統合(PMI)事例を交えて紹介する。
1 はじめに
筆者の勤務する会社が海外に製造会社を設立してから40 年近くが経ち、世界各地に40あまりの拠点を有するに至っている。現地生産の加速化に伴い、ローカル人材の採用・定着・労働条件・労使問題等のHR(HumanResources)業務の重要性も増し、海外HR支援にかかわるようになってから20 年が経った。
これまでの経験から、海外会社人材マネジメントの成否は、2つのポイントに左右されることがわかった。
第一は、日本側とローカルとのコミュニケーションである。お互いの顔と名前を覚え、信頼感を醸成することが、効果的な海外事業展開のための第一ステップである。
外国人従業員とのコミュニケーションから気づいたことは、現地法人の役員クラスでさえ、「日本本社の幹部は、自分たちのことを一人前のスタッフとして信頼していないのではないか?」と感じているケースが少なくないということである。ポジションを与え、高い報酬で処遇しても、生のコミュニケーションを通じて、「あなたは大切なメンバーだ」と伝えなければ人は動かない。
現地でローカル幹部にインタビューした時、「この会社に入って10 数年になるが、日本から来た人間にインタビューされるのは初めて!」と感激されたことがある。当時、日本からの出張者の多くは、現地駐在の日本人とだけ打ち合わせをして、アフター5も日本人だけで夜の街に繰り出していたからである。
第二は、日本側の持つ「強み(コアコンピテンシー)」を可能な限り明文化し、ビジョン・ミッション・経営方針・ルール・規定・スキル・ノウハウ等を、現地に移転することである(図表1)。
現地会社の経営はローカルに任せなければうまく行かないが、日本企業が持つ制度・ノウハウをきちんと文書化して現地に提供し、根づかせ、ガバナンスを利かすことが重要である。ガバナンス抜きのコミュニケーションでは、甘い管理になり、癒着や不正を誘発しかねない。
2 HR海外支援の7つ道具
初の海外出張先となったタイでの任務は、ローカル優秀人材のリテンションだった。3ヵ月間の滞在中、ローカルマネジャー・幹部約100人に1対1のインタビューを行い、問題点を抽出して現地幹部に提言した。この時、インタビューの有効性を実感した。
日本から出張してくる人間は多いが、現地駐在の日本人とだけ会話や飲食をして帰るのが普通だったので、私のような若造のインタビューでも、現地の従業員たちは意外に率直に意見を出してくれた。
そして出張をこなしていくうちに、海外会社の人材マネジメントを効果的に行うには、ローカル人材とのコミュニケーションだけでは不十分であり、日本側の有する制度・ノウハウ等を移植するためのツールが必要であることに気づかされた。
言語も文化も違うところにこちらの意図を正しく伝えるのは、可能な限り「形式知※1」化したデータを提供しない限り難しい。多くの日本人出向者もこのために苦労している。現地法人、なかでもグリーンフィールド※2 から立ち上げた会社は、日本本社より規模が小さく、人材層も薄いことから、制度・ノウハウ整備が不十分なケースが多い。「 優秀人材の獲得、配置・育成、定着」というHRの基本は世界中どこでも同じであり、日本で実践する制度・ノウハウのかなりの部分は海外でも通用することを経験から学んでいたので、海外会社でも使える各種モデル規定等のツールを和英併記で作成した。
こうして出来上がったツールを、筆者は「HR海外支援の7つ道具」と呼び、海外出張する際に電子データで携行している。ローカル人材との打ち合わせで必要と判断すれば、その場でデータを提供し、現地の制度整備に貢献できたと思っている。