TOPICHRD JAPAN2012レポート“How to Create New Growth Businesses”破壊的イノベーションとは何か
顧客の意見に熱心に耳を傾け、新技術への投資を積極的に行い、常に高品質の製品やサービスを提供している業界トップの優良企業が、その優れた経営のために失敗を招き、トップの地位を失ってしまう――。大手企業に必ず訪れるというこの「ジレンマ」を解き明かしベストセラーになった名著、『イノベーションのジレンマ』(翔泳社)に沿いつつ、クレイトン・クリステンセン教授が、破壊的イノベーションの理論の根本にある価値評価の問題、さらに日本経済復活のための処方箋にまで踏み込んで熱く語った講演のハイライトをお届けする。
長期にわたって成長を続ける企業は少ない。どれほど成功している優れた企業であっても、その多くが失速していく。その理由を理論化し、予測可能にしていきたいというのが、私のイノベーション研究の目的である。まず、製鉄業界の歴史を例にとって、「破壊的イノベーション」について考えてみることにしたい。
製鉄業界の歴史に見る「破壊的イノベーション」
製鉄には2 つの方法がある。巨額の設備投資が必要になる総合製鉄所と、直径10メートルほどの小さな炉設備で生産を行うミニミルである。ミニミルの製造コストは、総合製鉄所より20%低い。
グラフ(図表1)にあるように、鉄製品市場は層化されている。ローエンドの市場には、製造の難易度が低い「鉄筋」がある。その上位には「棒鋼・線材」市場、さらに「形鋼」市場が存在し、最もハイエンドの市場には、自動車製造などに使われ、製造の難易度の高い「鋼板」市場がある。上位市場ほど、粗利率は高い。
総合製鉄所はもともと、全ての商品ラインを製造していた。60 年代終盤に出現したミニミルは、鉄くず、スクラップを原料としていたので、当初の製鉄品質は低く、ローエンドの鉄筋しか造れなかった。この鉄筋市場の粗利益率は7%と低かった。
ミニミルが鉄筋市場に参入すると、総合製鉄所は勇んでこの粗利益率の低いコモディティ市場から撤退し、利益率の高い上位市場に事業を集中させた。その結果、総合製鉄所の粗利益率は改善した。ミニミルにとっても、低コストな製鉄に徹することで、大きな売り上げを上げることとなった。この段階では、総合製鉄所とミニミルが共存可能だったのである。
しかしミニミル各社が戦略なき競争を繰り広げたところ、1979 年に鉄筋市況は2 割以上下落し、もはや利益を出すことが難しくなってしまった。そこでミニミルは、上位市場である「棒鋼・線材」市場に進出することにした。こちらなら、利益率は12%と高い。
総合製鉄所は今回も、利益率の低いこの市場で価格競争することを避け、技術的難易度の高い上位市場に経営資源を集中することとした。これにより、総合製鉄所の利益率は改善、ミニミルにとっても利益率を確保できるようになり、再び共存の時代となった。
ところが1984 年に、棒鋼・線材の市況は2 割下落した。これまで同様に、総合製鉄所は上位市場に駆逐され、ミニミルが利益率18%の「形鋼」市場にも進出した。さらに1996 年には形鋼市況も下落、ミニミルが利益率25~30%の「鋼板」市場に進出すると、総合製鉄所はもはや、ニッチな特殊高級材市場へと追いやられてしまったのである。
現在北米では、製鉄全体の65%がミニミルで行われている。このような事態を繰り返し招いたのは、総合製鉄所が利益率の追求という、当然とも思える意志決定をしたからに過ぎない。
ここから、小さな会社が巨大企業に勝つにはどうしたら良いかについての、一般則を導くことができる。すなわち、品質や価格で直接勝負を挑むのではなく、むしろ、巨大企業が喜んで立ち去るような市場を狙って攻め込むべきなのである。
「破壊的イノベーション」が生まれる背景
ここで、製鉄に限らず、さまざまな産業で歴史的に何度も繰り返されてきたことを理論化しておきたい(図表2)。
図で最も内側の円は、高価格で複雑な商品を購入し、利用することができる少数の顧客層を示す。そして円が外側に行くに従い、より低価格で単純な商品を求める大多数の顧客層を示す。