小さな変化の積み重ねが 組織を大きく変えていく
サトーには、変化を主導する「企業家」を育成するという
人材ポリシーがある。それを実現するのが、
リーダーシップを支える創発インフラ「三行提報」である。
この仕組みにより、次々と進化するサトーのマネジメントを紹介する。
イノベーションを生む「企業家」を育てたい
サトーは、バーコードやI Cタグなどの自動認識システムでよく知られている企業だが、独自のナレッジ・マネジメント・システム「三行提報」を思い浮かべる人も少なくないだろう。1976年、創業者である故・佐藤陽氏が、社員から直接意見を吸い上げようと始めた制度だ。全社員が毎日3行(127文字)以内でトップに意見や考えを報告する。導入から30年以上が経過する中で、社員のモチベーションを高めるために加点主義を具現化した制度に変え、ポイント制の導入やインセンティブとの連動などによって、より最適な仕組みを確立してきた。それを実現させたのが、2代目社長、会長を務めた藤田東久夫氏(現・取締役経営顧問)だ。
サトーの人材育成ポリシーの根底には「企業家」を育てるという目的がある。「三行提報」はそれを実現するための仕組みである。「企業家とは、課題に対して自ら行動を起こし、イノベーションを起こす人財です。昨今、意思決定がなかなかできない中間経営層(マネジャー)が増え、組織として硬直化してきている企業が多くなっています。この閉塞感を打破する企業家、すなわち真のリーダーとなる人財を育てていかなくてはいけないと考えているんです」(藤田氏、以下同)
この閉塞感の原因の1つには、依然として若い世代や女性の地位が低く、上の世代の男性社員が決定権のある立場を占めていることが、世の中の風潮としてあると藤田氏は話す。
彼らは、すでにつくり上げられた会社に所属し、自ら大きな決断をすることなく会社人生を過ごしてきた人が大半だ。調整はしても判断はしない、という組織のあり方が確立されてしまった結果、マネジメント層は育ってきたものの、“リーダー”と呼べる人材が育たなくなってしまっている。藤田氏はこの状況に強い危機感を抱いているという。「当社も放っておけばそうなってしまいかねません。私は創業経営者の背中を見て育ちましたが、第三、第四世代となると、その機会はない。今ある会社の範囲内で、いかにうまく仕事をするかというスキルだけを習得し、その中からスマートなマネジャーが昇進していく。こういう状況では、真のリーダーは育たないのではないでしょうか」
だからこそ、意識的に企業家を育成する必要があると語る藤田氏。もちろん同社ではマネジャー層の教育支援も手厚い。MBAやMOT(技術経営Management of Technology)の取得を奨励し、ビジネススクールに通う機会を提供。またマネジャー育成を目的とした各種講座も豊富だ。「ただ、マネジャーの育成と異なり、企業家の育成は、座学ではなかなか教えられません。イノベーションは、とにかく行動することによって、考えているだけではわからないところから湧き出てくるものだからです」
ボトムとトップが双方向で影響し合う「三行提報」
藤田氏自身は、最初から「企業家」ではなかったと謙遜する。大学を卒業後、大手企業に就職したが、周りは有名大学出身の秀才ばかり。その後、縁あってサトーに入社。当時の同社は、未上場だったということもあり、有名大学の学生が応募に来るような知名度はなかった。しかし、会社としては勢いよく伸びている時期で、荒削りだが社員の元気がいい。そういった現実を見ていると、人は働く環境でいかようにもなると確信した。この違いを生むのが、「三行提報」のような、社員に自ら考えさせ、組織のコミュニケーションを活性化させるツールなのである。「三行提報」は、単なる日報ではない。日々の業務における気づきを、創意工夫や自分の考えなりを盛り込んで、三行にまとめて提出する。同社では全社員が全営業日に提出することを課されているが、その提出率は99%を誇る。「毎日、2000人近くの社員から提報が届きます。文章の内容は、営業担当者であれば営業活動の中で気づいたことや市場の動向、また内勤者なら仕事の改善案、新しいシステムに対する気づき、製品の使い勝手や工夫点など。宛て先が社長・副社長となっているので、トップとの“ホットライン”となっているのが特徴です」