Opinion 3 著者・自分・他者と向かい合う 古典を媒介にした対話で“読んで考える”効用
ネット記事や雑誌、ビジネス書、ハウツー本と、情報がさまざまに溢れる時代。深く思考できる力を育てるための一つの方法に「古典」といわれる書籍の読書がある。古今東西の古典をもとに対話し、理解や気づきを得るセミナーを行う日本アスペン研究所に、なぜ古典なのか、また古典を読んで学ぶことの効用を聞いた。
──テキストは、アリストテレス、カント、道元など古今東西の古典の一部を抜粋し、500ページほどに編纂したものと伺いました。受講者はビジネス界のトップランナーともいうべき人々で、多忙な方々ですが、500ページもの古典を読んでもらう理由は。
岡野
実はその古典に学ぶことにアスペンの思想の原点があります。そもそもアスペン研究所は、第二次世界大戦後、シカゴ大学の総長だったロバート・ハッチンス、同大学哲学科の教授、モーティマー・アドラーらによって企画されたものです。第二次世界大戦後の米国といえば、まさに繁栄の真っ只中。しかし、彼らは繁栄の陰に潜む危険に気づいていました。効率主義、短期利益主義が広がり、一方では仕事の専門化や細分化が急速に進み、人と人のコミュニケーションも損なわれました。戦争が終わり、人間の精神が豊かになっていくかと思いきや、そうではなかったのです。
失われゆく人間の基本的価値、コミュニケーション、あるいはコミュニティを再構築するにはどうすればいいのか──この問題意識がアスペン研究所設立の原点となりました。
設立の直接的なきっかけは、1949年に行われた「ゲーテ生誕200年祭」です。人間としてのあり方を考えるうえで、改めてドイツを代表する文豪ゲーテ(1749~1832年)が見つめ直されました。ゲーテは小説家、詩人、劇作家であると共に、自然科学者、政治家、法律家でもあります。そして彼は人間性や善について見つめ続けた人でもありました。
ハッチンスらはゲーテに学ぶべく、ドイツとフランスの神学・哲学者アルベルト・シュバイツァー、スペインの哲学者ホセ・オルテガ・イ・ガセットなどの学者や芸術家などを世界各地から招き、対話を繰り広げました。これが契機となり翌1950年、アスペン研究所が設立されたのです。新しい時代を先導するビジネスリーダーが古典に学び、ヒューマニズムについて「対話」する場をつくろうというのが設立趣旨でした。
──ビジネスの世界と古典。不思議な取り合わせのような気もします。
伊東
それがそうではないのです。たとえばテキストの中に、孟子を取り上げた箇所があります。孟子は紀元前3~4世紀に活躍した中国の儒学者ですが、当時の中国は戦国時代の真っ只中。彼は魏の恵王のもとでコンサルタントのような仕事をしていました。
恵王に「国を強くするのにはどうすればよいか」と訊かれた時、孟子は「仁政をせよ」と言ったそうです。家族が死んだら葬式を出せるよう、手足の自由がきかない老人も衣食が足りるよう、君主が仁政を行えと。そうすれば敵が攻めてきても必ずや民衆が守ってくれるであろうと説いたのです。
国と国が戦に明け暮れていた時代に、ですよ。どの王も血眼で兵を増やし、武器をかき集めていた。ところが孟子は性善説を展開し、短期的な思考ではなく長期的視野をもって政治をするよう勧めた。
どうでしょう。当時の米国のビジネス界はもちろん、現代のビジネスリーダーにとっても、はっとさせられる話ではありませんか。
──確かに現代と通じるものがありますね。大学時代に教養課程で古典を学んだ人も多いと思いますが、学び直す、ということでしょうか。
伊東
古典を学ぶのでなく、古典に学ぶことをめざしています。古典をひもとき自身を振り返る。単なる知識ではなく知恵を得る場といえるでしょう。