300th Issue SPECIAL INTERVIEW 時を経ても変わらない 『人を動かす・活かす組織の要諦』
アサヒビールの社長、会長を歴任し、その後はNHKの会長も務めた福地茂雄氏。これまで、日本有数の組織をリーダーとして牽引し、数々の変革を実現してきた同氏に、これからの日本における人材育成について話を伺った。
「3つのション」で人は動く
──「失われた20年」とも呼ばれる日本経済の20年を振り返りますと、バブル崩壊から小泉政権下でのいざなみ景気、リーマンショックによる不況、そして現在、安倍政権下でのアベノミクスによる若干の好景気など、日本企業の経営にさまざまな影響を与えた出来事がありました。企業の人材育成も、こうしたこととリンクして変わってきているのでしょうか。
福地
私はアサヒビール、NHK、新国立劇場、東京芸術劇場とさまざまな組織で経営に携わってきました。しかし、20 年前も今も、「人を活かす」ということの大切さは不変です。組織は時代や環境によって変わってもいいのです。それも、朝令暮改どころか「朝令朝改」で構わない。ただ、その変化は常に、“人が仕事を進めやすくなる”ことを目的に行われるものでなくてはいけません。「人を活かす」ことの大切さは、何ひとつ変わらないのです。
── では、そのために福地さんはこれまでどのようなことを意識されてきたのでしょうか。
福地
「3 つのション」が必要だと思っています。モチベーション、コミュニケーション、バリュエーションの3つですね。人を動かすにはこの3 つが欠かせません。
まずは「モチベーション」。私は経営において「Unsung Hero(アンサング・ヒーロー)」を大切にしています。直訳すると、「歌われない英雄」という意味です。意訳すると、縁の下の力持ち、でしょうか。アメリカンフットボールを例にしましょう。アメフトにおいて最も華やかな存在というと、やはりクォーターバックです。ワイドレシーバーなどがそれに続いて目立ちますが、いずれもオフェンスのメンバー。一方ディフェンスのメンバーは、相手のオフェンスをタックルで止めたり、パスをカットしたりしますが、オフェンスほど華やかではありません。ところが、ディフェンスのメンバーが相手のオフェンスを止めない限り、自軍は攻撃に移れない。こうした「縁の下の力持ち」がいないと、アメフトの試合は成り立ちません。
── なるほど。しかし近頃は「会社の歯車になんてなりたくない」という社員も多いと聞きますが。
福地
時計の歯車が1つ欠けると動かなくなりますよね。会社の経営においても同じことがいえます。組織に「必要のない仕事」は存在しない。そもそも、必要のない仕事をやらせるほど悠長な会社もありませんが(笑)。
私は、新入社員に必ずこう言います。「君たちはこれからどこに配属されるかわからない。でも、『ここにいたら絶対失敗する』というところに、上司が君たちを配属することはないよ。だから、置かれた場所でしっかり仕事をしなさい」と。上の立場にある人間が「Unsung Hero」に目を配り、現場で働く社員を奮い立たせることで、彼らは存分にモチベーションを高められると思うからです。
「業際」を越えたコミュニケーションが重要
──2つめの「コミュニケーション」についてはいかがでしょう。
福地
「縦のコミュニケーション」の必要性はよくいわれている通りです。縦のコミュニケーションは人間でいうところの背骨のようなもの。ここがしっかりしていないと組織としての体を成しません。そしてさらに重要なのは、「横のコミュニケーション」です。
── 縦ではなく、横ですか。具体的にはどういうことでしょう。
福地
「三ツ矢サイダーキャンディ」という商品があります。三ツ矢サイダーといえばグループ会社であるアサヒ飲料の主力ブランドですが、三ツ矢サイダーキャンディはグループの食品会社であるアサヒフード&ヘルスケアが製造・販売をしています。今の時代、こういったグループ間の横の連携が求められていますが、いい事例だと思います。
このように、ビジネスの世界でも「業際」がどんどんなくなってきましたね。今まで以上に情報の共有、知見の共有を垣根なく進めていかなければならないと思います。