HR TREND KEYWORD 2026 ビジネススキル|セルフ・コンパッション 親友への態度を自分に向けネガティブ感情と上手につき合う 有光興記氏 関西学院大学 文学部 総合心理科学科 教授
有光興記氏
セルフ・コンパッションとは、慈しみの気持ちをもって不安や苦しみに対処する、『北風と太陽』でいえば太陽のような心理的アプローチだ。まじめな人こそ「自分はダメだ」「何でできないんだ」と自分を追い詰めてしまいがちだが、それでは本人は苦しくなるばかりだし、組織へのメリットもない。同研究における国内の第一人者、関西学院大学文学部教授の有光興記氏に、セルフ・コンパッションの概要と身につけるための方法を聞いた。
[取材・文]=たなべ やすこ [写真]=有光興記氏提供
ポジティブ感情を育てるセルフ・コンパッション
セルフ・コンパッション(Self-Compassion)は、感情をありのままにバランスよく受け入れ、その悩みが他者とも共通していることに気づき、自分にやさしい気持ちを向けることである。そもそもCompassionは「他者の苦しみを取り除き幸福を願う」ことで、同じ気持ちを自分に向けた場合がセルフ・コンパッションとなる。
関西学院大学文学部教授の有光興記氏がセルフ・コンパッションに出会ったのは、臨床の現場で認知行動療法に限界を感じていたころだった。批判的に物事を捉える癖のある人は、頭では合理的なものの見方を理解できていても、心が追いつかない。認知行動療法で不安やうつに悩む患者に治療を施しても、患者は「何でできないのだ」と自分を叱り、余計に自身を苦しくさせてしまっていたのだという。
「そんなとき、セルフ・コンパッションの心理療法を開発したイギリスのポール・ギルバート教授の“ポジティブ感情を育てる”という発想に触れ、目から鱗が落ちる想いでした。それまでの“不安を下げる”という考えとはまるで異なるアプローチでしたから」
実際にやさしい気持ちを自身に向けられるようになると、体があたたかく感じられたり呼吸が深くなるなど落ち着いた状態になる。脳は、そうしたやさしく穏やかな心や体のもとでは、不安や恐れから自然と解放されるようにできているのだという。
「ただし、不安や恐怖がすべて悪いわけではありません。リスクを敏感に察知し、準備を万全にして事故やトラブルを未然に防いだり、無謀な行動を避けるといった選択も可能になるからです。特に日本人は、諸外国と比べネガティブ感情を持ちやすい性質がありますが、その感度の高さが丁寧な仕事ぶりや完遂度の高さといった特徴につながっているともいえます」
組織における挑戦や成長にも不可欠
だがそれにも程度がある。過度な完璧主義や自己批判はエネルギーを浪費し、「これではダメだ」「どうしてできないんだ」といった思いやりに欠けた自身への批判的な感情は、メンタルをすり減らすことになる。
「たとえばチームをまとめるリーダーが自己批判的だったら、どうでしょう。もともと多忙なリーダーが、自分を追い込んだ働き方をして、あるときバーンアウト状態になるということは珍しくありません。それに、部下は観察学習を通じて、自己批判的な上司の姿を学んでいるものです」
自己批判的な態度を持つ人が集まれば、萎縮し、「失敗できない」雰囲気に満ちた組織になるだろう。議論につながる発言を避けたり、チャレンジに消極的になるというのは、想像に難くない。セルフ・コンパッションが欠乏した人が集まる組織では、パフォーマンスの低下にも影響するのである。
「特にセルフ・コンパッションを必要とするのは、困難にぶつかったときです。人には高いハードルを乗り越えたい、貢献して役に立ちたいという思いがある。だからこそ失敗をすると、非寛容な方向に動きがちです。けれどもすでに起こったことをなかったことにはできないし、失ったものを取り戻すことはできません。脳はそれを認めるのを拒もうとするので、ずっと苦しむことになる。そうしたとき、傷ついた気持ちも含めてすべてを一度受け入れ、そのうえで経験を成長の糧とする、そっと勇気づけ、背中を押すコンパッションな態度が大切になるのです」
変化の激しい昨今、不確実な時代に失敗のない挑戦などあり得ない。これからの組織の成長にセルフ・コンパッションが求められる理由のひとつでもある。

