OPINION How型思考からWhy型思考へ 経営リーダーに必要な3つの素養 田中聡氏 立教大学 経営学部 助教
激変する経営環境を背景に、経営人材育成の重要性が高まっている。
候補者をいかに選抜し、どうすれば社内で育成できるのか。
また、そのために人材開発部門にはどのような役割が求められるのか。
昨年『経営人材育成論』を上梓した、立教大学経営学部の田中聡氏に聞いた。
[取材・文]=増田忠英 [写真]=田中 聡氏提供
経営人材育成の緊急度が高まっている
経営人材の育成は、この20年、企業の組織人事における課題として必ず上位に上がってくるテーマだ。とはいえ、今日明日にも手をつけないと組織が大きく変わってしまう類いのものではないため、次の世代に先送りにされ続けてきた課題でもある。しかし、ここにきて、いよいよその緊急度が高まってきたと話すのは、立教大学経営学部助教の田中聡氏だ。
背景には、ビジネスそのものの変化がある。たとえば、これまでのように良質なモノ・サービスをつくっていれば売れていた時代から、顧客自身も気づいていない潜在的なニーズを顧客と一緒に考え、価値を生み出す時代へと大きく変化している。既存の産業や業界といった市場競争の枠組みが再編され、競争のルールそのものが大きく変わるなか、企業にも、これまでの会社組織を支えてきた事業形態や組織構造、組織カルチャーや人事制度といった会社全体のシステムをまるごと変革する『コーポレートトランスフォーメーション』が求められるようになってきている。
「会社組織というものは、何か1つのことを変えようと思ったら、関連するあらゆることを変えていく必要があります。たとえばダイバーシティ経営を推進しようとすれば、多様な人材を採用するために新卒一括採用・総合職採用の慣習を見直し、メンバーシップ型からジョブ型・プロジェクト型雇用に改め、これまで一律だった人事評価を刷新しなければなりません。男性・大卒・正社員に偏った管理職の登用基準を見直す必要もあるでしょう。また、フレキシブルな働き方を実現するには、業務インフラとしてのデジタルツール活用が不可欠となるため、DX(デジタルトランスフォーメーション)も進める必要があります」(田中氏、以下同)
こうした一連の改革を進められるのは、経営者にほかならないと田中氏は話す。
「人事部門内での縦割り仕事を見直す必要があるのはもちろん、関連する多くの事業部門・間接部門の理解も得なければ改革を前に進めることはできません。改革に軋轢や衝突はつきものですが、全社的な視点に立ってそれを断行できるのは、経営者をおいて他にいません。つまり、経営者如何でコーポレートトランスフォーメーションの成否が大きく変わってくるわけです。今、多くの企業において、現状の組織では5年、10年先のさらなる変化に対応できないのではないかという強い危機感から、変革をリードできる経営人材の育成が急務の課題になっているのだと思います」
企業のフェーズに適した経営リーダーを選ぶべき
経営人材の育成において検討すべき要素としては、候補者を選抜するためのアセスメント基準、選抜するタイミング、育成方法などが挙げられる。しかし、これらはいずれも手段(How)に関することであり、より重要なのは、なぜ今、経営人材を育てていく必要があるのか(Why)、このWhyに対して会社なりの明確な解を持つことだと田中氏は指摘する。
「経営人材の育成にあたっては、まず会社がどういうビジョンに向かって進んでいるのか、次に、そのビジョンを実現するために経営リーダーに求められる役割は何か。そのうえで、その役割を担える経営人材をどう育てていくのか、という3点を議論すべきです」
しかし現実には、会社としてのビジョンがぼやけた状態のまま、誰を登用するか、その評価基準をどうするか、といった手段の議論ばかりが先行しているケースが多いのではないかと田中氏は危惧する。
「パーパス経営が叫ばれているなか、ビジョンを再構築しなければならないフェーズであれば、それができる構想力を持ったリーダーを選ぶべきですし、分散した既存事業を集約してビジョンに近づけていくことが求められているのであれば、そういう推進力を持ったリーダーを選ぶべきです。自社が今、そして近い将来において何を大事にすべきかという経営のミッションと、それができるリーダーなのかどうかという観点でマッチングさせるべきでしょう」
経営の状況によって、求められる経営人材の特性は異なる。ビジョン構想力、戦略的意思決定力、推進力など、様々な特性があるが、いずれにしても、それらのベースとして必要となるのは、「経営的な視座」を持つことだという。
「長く特定の部門に所属してきた人は、全体最適ではなく部門最適的な思考で意思決定をしがちです。同様に、長らく管理職として短期的な成果を上げることを求められてきた人は、四半期や単年の部門業績にしか目が向かず、5年や10年という長いスパンで会社の未来を考えることがなかなかできません。キャリアを重ねるほど思考様式や行動様式をアンラーニングするのが難しくなるため、できる限りキャリアの早い段階から経営的な視座を持てるように、意図的に多様な経験を積んでおく必要があります」
経営人材を育成するには、候補者を早期に選抜して視座を高める経験をさせ、経営者を決める段階では、その時々の会社の状況に適した特性を持った人材を抜擢することがポイントといえる。
なお、日本企業の人材マネジメントは“早い選抜、遅い昇進”が特徴だと指摘されてきた。経営人材候補としての選抜は30歳前後から行われるが、そのことは本人にも上長や周囲にも明示されず、実際の昇進は40歳前後で行われることが多い。そのため、その間に優秀な人材が辞めてしまう可能性が高い。人材の流出を防ぐには、選抜者を本人にも周囲にも明示すべきだと田中氏は話す。
「これまでは、選抜されなかった人のことを考慮して水面下で選抜が行われてきましたが、選抜をオープンにし、適正な評価に基づいた“健全なえこひいき”をしないと、優秀な人材の確保は今後ますます厳しくなるでしょう。もちろん選考をオープンにすれば、説明責任も問われるようになるため、人事側の負担は必然的に高まります。でも、それこそが一人ひとりに寄り添うタレントマネジメントの本来の姿であり、“必要な負担”ではないでしょうか」