OPINION1 「IDの20世紀モデル」からの脱却 “研修と現場”が融合するシン・インストラクショナルデザイン 向後千春氏 早稲⽥⼤学 ⼈間科学学術院 教授
VUCAの時代において、絶えず変化し続ける学びのニーズ。
さらに近年では、オンライン研修の導入など、学びの手法にも大きな転換が訪れた。
社員の学習を担う人材開発部門は、どのような視点で再設計を図ればよいのか。
教えることを教えるプロフェッショナル” として、社会人や企業向けにも研修、講義、ワークショップなどを提供している早稲田大学の向後千春教授に話を聞いた。
「教えたつもり」が対面研修の落とし穴
この1年、人材育成の現場でも悪戦苦闘の末にオンライン化が進められてきた。しかし、いずれ危機が収束すればまたBefore コロナの状態に逆戻り、慣れ親しんだリアルの教育に回帰する企業が増えるのではないか。
実際、企業総務の専門誌『月刊総務』が昨年12月に発表した調査結果によると、感染拡大を機に社員研修のオンライン化に着手した企業のうち、約6割が「戻せるなら対面研修に戻したい」と回答している。
「これだけリモートの研修や講義が普及しても、『やはり集合・対面でないと盛り上がらない』といった声は、教える側にも学ぶ側にも少なくありません」と語るのは、教育工学や教育心理学の専門家で、早稲田大学人間科学学術院教授の向後千春氏。
確かに大勢で集まって行うリアルの学びは“体験”として面白く、熱気や高揚感を得やすいが、実は盛り上がっただけで結局何を学んだのかよくわからないという結果になりかねない。向後氏によれば、「体験の強烈さが、ときに学びの邪魔になる」のだという。
「学ぶ側が『楽しいけれどよくわからない』となるのは100%教える側の責任です。研修やワークショップを通じて何を教えるか、どうやって教えるかという教え方の設計、つまりインストラクショナルデザイン(以下、ID)がきちんとできていないのです。
ところが、肝心の設計があやふやで煮詰まっていなくても、その場が盛り上がるとうまくいったかのように錯覚し、何となく『教えたつもり』『学んだつもり』になってしまう。これが集合・対面で行うときに陥りやすい落とし穴なんですね」(向後氏、以下同)
反対に、オンラインだと当然、場の熱気や互いの雰囲気などは伝わらない。しかし、そうした曖昧なものによって、教育設計のミスや教える技術の未熟さがカムフラージュされることもない。研修やワークショップの設計者・主催者にとっては、ごまかしの利かない状態ともいえるのだ。向後氏はこれを「クリアな学習環境」と表現し、社会全体のオンライン化でこうした環境が曲がりなりにも広がりつつある現状に期待を寄せる。
「大切なのは、学ぶ人のレベルや理解度に合わせた教え方や内容を緻密に組み立て、何をどうすればいいのかを明確に伝えることです。オンライン上の『クリアな学習環境』では、その巧拙がよりシビアに表れやすい。コロナ禍が契機となり、企業の人材育成もIDに基づく“本物”の教育しか通用しない段階へ進むのではないでしょうか」
ID による学びの「ロケットモデル」とは
では、IDとは何か、あらためて整理してみよう。向後氏は上述のとおり、IDを「教え方のデザイン」「教え方を設計する技術」と定義する。
「『教える』『学ぶ』というとすぐに学校を思い浮かべますが、実際は学校以外でも日常的に行われている行為であり、もちろん仕事でも避けて通ることはできません。