My Opinion ―① 職場のメンタルヘルスの 常識と非常識
管理者は職場におけるメンタルヘルスの重要性を認識していても果たしてその実態や真意を十分に理解しているのだろうか?
産業メンタルヘルスを考えるとき、どこに注目し、何を改善していけばよいのか。
産業人のメンタルヘルス向上のために、個人の健康と組織の健康を研究している今井保次氏に、管理者が聞きたいであろう質問に答えていただいた。
Q1 メンタルヘルスは、人事部が直接関与するというより、産業医やカウンセラー、外部EAPの仕事では?
A メンタルヘルスは、安全衛生や健康管理のテーマであり、医療マターであると考える人が多いようですが、そのような発想では、いま現実に増え続けている不調者を減らすことは難しいでしょう。
多くの管理者は、いわば「分子論的な発想」に囚われているのではないでしょうか。仮に、職場で働いている人を大豆のマメにたとえると、傷んで黒ずんできたマメを早く発見して、外へ出してしまおうという発想です。傷んでない白いマメだけでマネジメントしていけば、組織はうまく行く――このような考え方は明らかに間違っています。次から次へとマメが傷んでいくことを防げません。分子論的な発想をもつ人ほど、不調者の早期発見・早期治療を声高に強調するものですが、このような治療モデルでは、根本的な問題は何も解決しないのです。
企業が従業員に対して、ストレスを与えているという現実があるから、不調者が次々に現われるということを忘れてはなりません。不調者が現われる原因は管理者のマネジメントや、企業経営に問題があるからであって、企業が本来の責任を果たして、健全な経営を行っていけば、不調者が現われないはずです。
外部EAPや産業医、カウンセラーといった専門家に、すべてお任せで解決できる問題ではないということを認識してください。
Q2 従業員がストレスに対して、打たれ弱くなっているから、精神的に不調をきたす人が増えているのではないでしょうか。
A いま、多くの企業でうつ病や精神的な不調が増えている原因は、働く人のストレス耐性が弱くなっているからだと言われますが、私はそうではないと考えます。組織の中の個人しか見ていないから、そのような発想になるのでしょう。かつて「社員が働かないから会社が儲からないのだ」と放言した経営者が、猛烈な反発に遭いました。産業メンタルヘルスの問題を考えるときには、まずは組織をマネジメントする管理者や経営者に責任を感じていただくことが大切です。ハッキリ言ってしまえば、マネジメントが下手だから人が倒れるのです。
ドラッカーやバーナードが本の中で書いているようなマネジメントが実現されていれば、これほど多くの不調者は現われないはずです。
Q3 企業の業績が好調になれば、仕事が増えるので、過労で従業員が倒れたり、心身に不調をきたしたりするのも、仕方ないのではないでしょうか。
A 業績とメンタルヘルスの関係を、片方が上がれば片方が下がるシーソーのように見なすのは間違いです。業績が上がればメンタルヘルスが悪くなって不調者が増え、仕事が楽なときはメンタルヘルスが良くなって、不調者が減るとばかりは限りません。
Q4 従業員のメンタルヘルスは、管理者と経営者に責任があるということですか。
A 過労死や過労自殺で、亡くなった従業員の家族が会社を訴えるとき、会社の代表者として、経営者や管理者が被告席に立たされるのだということを忘れないで下さい。経営者や管理者は、従業員が仕事上のことで、死にたくなるほどつらい思いをしているときに、その人を守り、助ける責任があります。
たとえば、部下が間違いを犯した場合には、管理者の責任として客先に謝罪に出向くものです。ところが、自殺者を出したある企業では、こんなひどいことが行われていました。間違いを犯した若手社員に対し、上司は1人で客先へ謝りに行くことを命じたのです。この管理者は、マネジメントのイロハが全然わかっていない。若手社員は、客先へ行く途中で投身自殺をしました。その後、管理者は部下一同から吊るし上げられ、左遷されました。