My Opinion ― ⑤ 新ESによって生まれる 個と組織の新しい関係
人事にとっての“失われた10年”が過ぎ、今はその修復期に入っている。
その流れの中でES調査が新たな脚光を浴びつつあるが、現在の状況では社員が生きがいをもって働いているか、という課題に対しての対応が弱いように思われる。
長期にわたる個人の成長や、継続的な働きがいの追求活動につながる新ESを導入し、人事や教育の仕組みを再構築することを提案する。
今、なぜESか
最近、ES調査を導入しようとしている企業が増加している。やや荒っぽい議論であるが、バブル崩壊後、各社は性急な人材削減、短期的な結果主義を取り入れた人事の仕組みの構築に走った。いわゆる人事にとっての失われた10年である。ところが、社員のモラールダウン、働く意欲の低下に直面し、導入した人事施策の運用上の工夫や、短期的な結果主義の改定に奔走し、なんとか従業員の意欲の回復、向上に向けた努力を行った。失われた10年の後の修正の時期である。そして、多くの企業は、制度運用の工夫や、問題対応型・状況処理型の対応の見直しを、よりしっかりとした、新たな制度に裏打ちされたものにしようと、努力を始めようとしている。多様性(ダイバーシティ)対応、WLB(ワークライフバランス)、自律型のキャリア開発、働きやすい会社づくりなどの一連の施策を制度として積極的に採用しはじめようとしている。
この流れの中でES調査が新たな脚光を浴びつつある。各社は、ES調査を積極的に実施し、その結果を人事の施策に反映させ、制度づくりとその運用、さらには新たな組織風土づくりに活用しようとしている。低下した社員の意欲、崩壊しつつある職場の一体感などに歯止めをかけ、1人ひとりの社員が活き活きと、生きがいを持って働ける仕事と組織の構築に努力しているのである。
モラールサーベィと働きがい
それでは、従業員意識の把握とそれに向けた対応を考えてみよう。どうも人事の方々はモラールサーベィを実施し、従業員のモラール度、職務満足度を測定できれば、従業員のやる気を見ることができ、モラールが高ければ、働きがいあふれた組織になっているという議論を組み立てることができるのでは、と考えておられるのではないだろうか。しかし、従来のモラールサーベィは直接に働きがいを調査するものではない。
たとえば、筆者が活用しているモラールサーベィは、①組織の魅力、②仕事の魅力、③職場の魅力、④上司の魅力、⑤人事施策の魅力、⑥組織内のコミュニケーションの円滑度の度合い、⑦コンプライアンスの程度、⑧働きやすさを促進する各種制度の実施度、⑨社風の測定、などであり、それらをベースとした、⑩上記の各々に対する満足度の指標化を行っている。
具体的な質問項目をここで語ることは避けるが、しかし、これらはいずれも個人の働きやすさを促進する組織、職場、上司、さらには仕事の内容に関しての一連の質問である。しかしこの一連の質問では社員の生きがい、やりがい、仕事への本気度、あるいは豊かに生きるといった、「働きがい」を直接的に尋ねてはいない。ところが、企業はこのモラールサーベィを働きがいを表す指標として活用しようとしているように思えてならない。
ES調査と働きがい
それでは社員の満足を測るために開発されたES調査はどうであろうか。ES(従業員満足)の調査はそもそも、従業員の価値観、生き方に深く関連している。個々人の意識は多様であり、満足といっても、1人ひとりが何に満足するかは異なるだろう。そのさまざまな満足を調査しようとするわけで、これは一筋縄にはいかない。1人ひとり満足の内容が異なるのなら、画一的に「何に満足していますか」「仕事に満足していますか」と聞いても、結果の単純な比較は意味を持たなくなってしまう。ハーツバーグ理論の衛生要因に位置づけられる報酬や、人間関係や、評価などに対する満足度を聞くということであれば、明確な対象を念頭においているので比較も可能であろう。しかし自己実現や働きがいといった動機付け要因になると、1人ひとりの価値感に対応した満足は多様であり、それ故、きわめて活用しにくいものとなってしまう。
この問題に対して、現場ではどのような対応をしてきたのであろうか。現実にES調査では働きがい、生きがいなどの質問が用意されている、しかし調査で使用される質問の大部分はモラールサーベィの内容に近いものであり、バランス的に言えばむしろモラールサーベィの延長といえよう。しかも数少ない、生きがい、働きがいなどの質問への回答は、分析の中で、おざなりな表面的な結果報告でお茶をにごしているのが現実ではないか。皆さんの会社で実施されている「ES」調査があれば、是非その中身を思い出していただきたい。おそらく9割近くはモラールサーベィの質問、そしてほんのひとにぎりの「働きがい」の質問が登場し、その結果も表面的な報告しかなされていない。
ES調査は、モラールサーベィ型の質問に加えて、自己実現や、生きがい、やりがい、働きがい、仕事への本気度などをバランスよく配置し、その両タイプをしっかりと活用してこそ、ES調査としての意味が生じてくる。ところが現実には、ES調査とよばれていながら、結局はモラールサーベィ型の満足度(職務満足、報酬に対する満足、考課・評価への満足など)調査に終始し、1人ひとりの社員が、活き活きと生きがいをもって働いているかという課題に対しての対応は弱いといわざるを得ない。
まとめてみよう。本来のES調査で重要な対象は、個の視点から見たモチベーション、生きがい、働きがい、豊かに生きるといった、内発的動機付けそのものである。ところが、モラールサーベィや、現在実施されている多くのES調査は、組織の視点から見た、各種サービスなどに対する社員の満足の把握であり、個人の視点から見た個々の社員の生きがい、働きがいを調査しているのではないという認識をもつべきであろう。
モラルサーベィと新ES
ここで概念整理のため、今までの流れで出てきた、働きがい、モラールサーベィ、ES、働きやすさなどの関係性を以下にまとめてみた。
図表1は個人の働きがいを重視する新ESアプローチと、組織の生産性・業績向上にとって活用されているモラールサーベィの比較をまとめたものである。人事・教育部門として、何のためにES調査を活用するかがこの図表から理解されよう。それは個人の働きがい、生きがい、豊かに生きるという目標達成のために、組織が提供する可能性・チャンス・各種施策の構築である。それにはES調査を単に調査で終わらせず、1人ひとりの社員の心のサポート、人事施策への活用という視点への展開があって、初めてESの意味が生まれてくる。人事の仕組みの中で、キャリア自律を実践したり、それをサポートするキャリアアドバイザーの役割を明確にし、ライフキャリアサポートセンターといった新たな組織を活用するなどの一連の活動により、人事の諸施策とESを連動させることが可能となる。それに対してモラールサーベィでは、組織が働きやすい・既存の職務満足を高める衛生要因型の諸環境を社員に提供することに活用されるのである。